手記から学ぶ統合失調症 精神医学の原点に還る

統合失調症と呼ばれる人々の人格を復権し、病から免れている精神の存在を確認する試み!!

著 者 八木 剛平
定 価 4,730円
(4,300円+税)
発行日 2009/05/20
ISBN 978-4-307-15063-7

A5判・226頁

在庫状況 なし

手記の著者たちが罹患した心の病は、十九世紀の末に「早発性痴呆」と名付けられ、二十世紀には「(精神)分裂病」と改称され、二十一世紀に入って「統合失調症」と呼ばれるようになった。本書は、著者がそれぞれの生活と人生の中で綴った文章を、病の予兆(第一章)に始まり、発病・入院・回復・退院(第二〜六章)を経た後に、世間の偏見・差別と病の双方に苦しみながらも(第七〜九章)、家族と仲間たちの支えのなかで、症状の苦痛を緩和する工夫を凝らし、あるいは自身の病とその医療に考えをめぐらしつつ、病との共生に至る(第十〜十四章)、長い回復過程の物語として再構成している。
まず発病時の体験と言動(第二章)は、精神科の医療従事者にとっては日常的な出来事であり、あらためてその詳細を引用することを訝る向きがあるかもしれないが、ここでは、精神病の極期にあって幻覚や妄想に翻弄されながらも、後にそれらをかくも克明に想起・記述することを可能にしている「精神」の存在に注目されたい。
次に、著者それぞれの医療(とくに入院)体験(第三〜六章)は、二十世紀後半の日本の精神医療に関する利用者側の生々しい証言であり、日本の精神医学史における貴重な資料である。そして就労・居住・結婚・出産をめぐる偏見・被差別体験(第七章)と入院・病名にまつわるスチグマの深刻さ(第八章)は、まさに当事者ならではの記述であり、これからの精神医学が取り組むべき問題の所在を提示しているように思われる。
さらに、社会生活の中で体験されるこの病の苦痛(第九章)、著者らが遭遇する「立ち直り」の契機や様々な養生の工夫(第十章)、それを支える家族・同病者・友人たちの力(第十一章)、当事者自身の疾病・医療・薬物観(第十二章)、病との共生(第十四章)は、「当事者自身による精神病理学」の試みとして精神医学の内実を豊かにするものと期待される。
これらの引用に加えて、本書は手記が提起していると思われる三つの問題を考察している。まず「発病」(第二章)では、初発の急性精神病状態と統合失調症の診断をめぐる古くて新しい問題に触れ、「精神病エピソード」という折衷的な臨床単位の設置を提案する(考察一)。次に、「精神分裂病」時代の偏見・被差別体験(第七〜八章)にもとづいて「統合失調症」の告知の問題を提起し、呼称変更の反スチグマ効果を過大評価して病名を安易に告知する風潮を批判する(考察二)。そして最後に、精神医学において手記が果たした役割を回顧し、手記をとりまく最近の状況を展望した上で、統合失調症における精神と人格の問題を考察する(第十五章)。


(「はじめに」より)
はじめに

第一章・予兆

第二章・発病
 <考察一>「発病」をめぐる診断と分類

第三章・入院

第四章・寛解

第五章・精神病院という「異世界」
 (一) 閉鎖病棟の体験
 (二) 精神病院の生活

第六章・「開放」から退院へ

第七章・就労、居住、結婚、出産をめぐって

第八章・烙印
 (一) 精神病院
 (二) 精神分裂病
 <考察二> 「統合失調症」の病名告知

第九章・病気の辛さ、苦しさ、恐ろしさ
 (一) 幻覚と妄想
 (二) 「働けない」「疲れやすさ」
 (三) 「命にかかわる病気」

第十章・回復への道のり
 (一) 自己治療の試み
 (二) 「自然の持つ力」「自然治癒力」
 (三) いわゆる自己治癒現象

第十一章・家族と仲間と友人たち

第十二章・病気と医療と薬物

第十三章・発病から手記の出版まで

第十四章・現状 −病との共生

第十五章・考察と結語
 (一) 精神医学における手記の役割
 (二) 手記の出版をとりまく精神医学の現状
 (三) 統合失調症における人格と精神

文献

索引

あとがき