仮病の見抜きかた

嘘を暴いた先に何があるのか。新ジャンル医学書ノベル!

著 者 國松 淳和
定 価 2,200円
(2,000円+税)
発行日 2019/04/26
ISBN 978-4-307-10197-4

四六判・256頁

在庫状況 あり

誰かが捨てた瞳の奥に色をみつける仕事がある。突然の酷い腹痛を繰り返す「捨て猫の眼」をした若者。かつて暴走族だった彼は、その粗暴な風貌と振る舞いから周辺の病院のブラックリストに入れられてしまう。そんなとき彼は「私」の外来を訪れる。総合内科医の私は彼の話を聞き、ある一つの仮説を導き出した。エピソード「クロ」ほか、10篇の小説が織りなす医学解説書。仮病にまつわる医療現場の嘘と偽りを叙述した医学書ノベル。
EP 1 クロ
EP 2 こころの歩き方
EP 3 曖昧色の季節
EP 4 蟻の穴
EP 5 Flyer
EP 6 Rockin' Life
EP 7 思春期の前提
EP 8 透明なモノサシ
EP 9 モンスター
EP10 太陽の声
はじめに

 本書「仮病の見抜きかた」は、筆者である私が創作した10篇の短い小説からなるエピソード集の形式をとっています。ただし、医学出版社からの出版物ですし、また私は小説家ではなく一介の臨床家ですから、内容は臨床医学に関するさまざまな意図が込められたものとなっています。

 患者さんの症状というものを医者はどのように捉えているでしょうか。実はこれだけ検査機器が発達した現在でも、患者さんの発する言葉から汲みとっています。今これを聞いて素直に「そうなのか」と思われたでしょうか。
 いきなりですが「言葉から汲みとります」というのは正確ではありません。実際には、患者さんの発した言動だけでなく、表情、声色、服装、姿勢、動作、そして行動などから症状を汲みとります。付き添いの方がいる場合には、その人とのやりとりの様子、その人の患者さんに対する眼差し、態度、言葉なども情報になります。
 また、言語化するのは難しいですが、患者さんの雰囲気、発する空気感、間合いといったものも、患者さんの把握につながりおそらく診療の役に立っているのだと思います(医者の側も無意識に捉えているはずです)。

 「仮病の見抜きかた」というと、「偽った症状を暴く方法」といった趣で本書の内容を捉えておられる方も多いかもしれません。私は本書の中で、仮病というものがどのようなものかについて述べてはいますが、でっち上げた症状や偽物の病気などを暴く方法についての指南をしたいわけではありません。
 患者さんの症状というのは本当にわかりにくいものです。なので、診療の場ではいろいろなすれ違いが起きます。実際に患者さんの中で何が起こっているかを汲み取るためには、患者さんの発するものすべてを情報源とし、よく観察し、よく感じ取る。「仮病の見抜きかた」とは「患者さんのことをよく知ること」という意図が本書にはあります。

 ここで大事なことを述べておきます。本書のエピソードの中の登場人物やその細かな設定、場面や場所などは全てフィクションです。医師や患者さんとして描かれている人物の発言・行動についても、実際上のことや事実とは異なります。中には病状や個人情報などをありありと描写している場面もあろうかと思いますが、それらも含め全てフィクションとなっています。

 次に本書で伝えたいことについて述べます。
まず読者が医療従事者・医師である場合です。本書はあくまで医学書ですので、例えば、ある疾患・病態について専門家として読者に伝える意図があります。しかし伝統的な教科書的記述のスタイルでは、知識はついても実際の患者さんに運用できるようになるところまで身につけるのは難しいということがあります。
 それとは別に、症例報告やケース・スタディのような形式で描写するという方法もあります。これはかなり有用ですが、患者や医師の「気持ち」の描写は排除されます。その点、本書は違います。登場人物の気持ちや行動を生々しく記述してあります。こうした形式による臨床問題の記述は、医学書として読者に知識を伝える手法としてはかなり斬新なものなっているはずです。こうした視点でもどうぞご覧ください。
 本書は、一つのお話が「エピソード」「賢明な読者へ」「エピローグ」と3つのパートから成っています。医療従事者・医師が読者である場合には、まさにこの順に読むと良いでしょう。間に入る「賢明な読者へ」というパートでは、そのエピソードで扱われる疾患・病態について、あるいはエピソードから読み取れる医学的なポイントについて、筆者である私が解説的に記述しています。登場人物の気持ちや意図などにも触れているので、少々、その後に続く「エピローグ」に関するオチ的な内容も含まれます。
 初めて読まれる場合には「エピソード」→「エピローグ」と読んでから、最後に「賢明な読者へ」のパートを読んでも面白いかもしれません。

 次に読者が医療従事者ではなく一般の方の場合ですが、それですと本書は医学書(専門書)ですから「賢明な読者へ」のパートの記述内容は、やや難解と感じられることでしょう。もちろん背景知識としてどんな事情や医学的背景があるのかと関心を持って読まれるのは歓迎ですが「エピソード」→「エピローグ」とだけ一気に読んで、それを短い小説として読まれるのもおすすめです。
 念のため申し上げますが、読者自身が患者当事者である場合の注意点です。本書の各エピソードには、本書の性格上、医師や医療従事者たちが患者の裏で赤裸々に自らの気持ちを語っているようにも受け取られる描写が少なからずあります。得てしてこうした本音というのは、立場によっては、聞いてしまうと気分を害する方がいるものです。
 ただ繰り返しますが「エピソード」や「エピローグ」の部分は、フィクションであることをご理解いただきたいのです。もし不快に思われた際には、フィクション(筆者の表現)であることをご理解いただき、どうにかご海容いただければと思います。

 さて、各エピソードのはじめにタイトルとそれに付随して置かれている〈ちょっとした言葉〉は、詩人である尾久守侑氏に書いていただいたことを、ここに御礼とともに申し述べておきます。
 彼は精神科の臨床医でもあり、私とは共通の話題でいつも盛り上がって話が尽きない間柄です。私たちは、フランスの神経内科医だったジャン=マルタン・シャルコーが、神経学のたくさんの業績を残した後にヒステリーの研究に関心が移ったことについてよく話します。
 臨床をやっていると、多くの医師が「これはヒステリーだ」と言って単なる心因性だとして片付ける症状にしばしば遭遇します。私たちはシャルコー先生を師と仰いでいます。「ヒステリーという症状(現象)を事実として発しているのだから、それには理由がある。だからヒステリーは器質性と言っていいのではないか。やっぱりシャルコー先生は凄い」などと、いつも私的な場で語り合っています。「心因を見抜く」などおこがましい話で、臨床医にできることは、器質を見抜くことだけだと思っています。

 本書の企画は、金原出版の中立さんによるところが大きいです。最初に彼が作り上げた企画書のアウトラインをそのまま、あまり大きな変更がなされずに一気に執筆、脱稿にまで至りました。このようなおかしな本は、國松と中立さんの組み合わせでしか作れないと信じています。この場を借りて感謝申し上げます。

 読む人を少しも限定するつもりはありません。書店の皆様へ。この本はどのコーナーに置いてもらっても構いません。本書が多くの人にとって興味深く楽しめるものになれば嬉しいです。文字どおりご笑覧頂ければこの上ない喜びです。

平成31年4月吉日

医療法人社団永生会 南多摩病院 総合内科・膠原病内科
國松 淳和

【メディア掲載】2019/8/7更新

・RCCラジオ「一文字弥太郎の週末ナチュラリスト朝ナマ」読書会コーナーにてイチ押しとして紹介されました!(2019/5/11放送)

・読売新聞 夕刊にて「医者との、より良いコミュニケーションを考えるうえで参考になる」と紹介・掲載されました!(2019/5/18)

・日刊ゲンダイDIGITAL「人生100年時代の医療と病気の本特集」にて紹介・掲載されました!(2019/6/15)

・マイナビニュース『病気なのに「仮病」と疑われてしまう ‐ 医師が語る診断の難しいケースとは』にて紹介されました(2019/6/24)

・週刊ポスト2019年7月19・26日号に香山リカ先生による書評が掲載されました(2019/7/8)

・文芸サイト:ダ・ヴィンチニュース(KADOKAWA)に書評が載りました(2019/8/7)