「肝細胞癌診療ガイドライン 2025年版」―治療選択肢の拡充に伴って,解説もさらに充実した診療ガイドライン

2025年12月11日 | おすすめ, 肝がん

肝がんは,肝臓から発生する「原発性肝がん」と他の臓器から発生する「転移性肝がん」に大きくわけられます。このうち,原発性肝がんの90%を占めるのが「肝細胞がん」です。今回は,この肝細胞がん診療の指針である「肝細胞癌診療ガイドライン 2025年版」をご紹介します。

 現代の医療における基本的な考え方として「(科学的)根拠に基づく医療(evidence-based medicine: EBM)」というものがあります。EBMは,医療現場における医師の経験や患者さんの価値観,その時点で入手可能な科学的知見(医学・医療に関する研究成果)を総合的に検討して診療方針を決定することです。EBMは医療の安全性向上や関係者間の連携の強化,医療ミスの減少,資源の効率的活用,そして最新医療への迅速な対応を可能にします。

 EBMを実現するために,医療従事者は最新のエビデンスを知っておく必要がありますが,この際に診療ガイドラインは重要な役割を果たします。診療ガイドラインは専門家が最新のエビデンスをまとめて,その時点で最良と考えられる検査や治療法などを提示するものであり,患者さんと医療従事者の意思決定を支援します。なお,診療ガイドラインは実際の意思決定時に強制力を持つものではなく,個々の患者の身体状態やおかれた環境なども総合的に検討された結果,ガイドラインの内容とは異なる診療が行われることもあります。

 診療ガイドラインは専門家が最新のエビデンスをまとめて,その時点で最良と考えられる検査や治療法などを提示するもので,患者と医療従事者の意思決定に重要な役割を果たします。なかでも重要なのがCQ(clinical question,日本語で臨床疑問ともいわれます)といわれるもので,選択肢が複数あって判断が求められる場合に,それを「~において,~を用いることが,~と比較して,推奨されるか?」のように質問の形にしたものです。

 診療ガイドラインを作成する際には,患者さんにとって望ましい効果と望ましくない効果のバランスや,エビデンスの確実性,患者さんの価値観や希望,費用対効果など,様々な観点から検討を行い,CQへの回答として推奨文(すいしょうぶん)が作成されます。臨床現場においては,医療従事者は診療ガイドラインのCQと推奨文を参考にして,患者さんと一緒に診療方針を決定します。

 CQとそれに対する推奨文は,患者さんと医療従事者の意思決定を支援するものです。以下で肝細胞癌診療ガイドライン 2025年版におけるCQをご紹介します。

  • CQ1-1 サーベイランスは,どのような方法で行うか?
  • CQ1-2 肝細胞癌の診断に有用な腫瘍マーカーは何か?
  • CQ1-3 腫瘍マーカーの測定は,肝細胞癌の治療効果判定の指標として有用か?
  • CQ1-4 肝細胞癌のサーベイランスにおいて,背景肝疾患の活動性により腫瘍マーカーのカットオフ値を変更することは有用か?
  • CQ1-5 肝細胞癌の高危険群において,典型的肝細胞癌の診断に診断能が高い画像検査は何か?
  • CQ1-6 慢性肝疾患患者において,多血性を示すがwashoutがみられない病変にどのように対応するか?
  • CQ1-7 慢性肝疾患患者において,非多血性の病変に対してどのように対応するか?
  • CQ1-8 腎機能および肝機能低下患者における肝腫瘍の診断に推奨できる検査法は何か?
  • CQ1-9 肝細胞癌の病期診断に頭部MRI,胸部CT骨シンチグラフィー,FDG-PETは必要か?
  • CQ1-10 画像診断で鑑別が困難な肝腫瘍に対して,腫瘍生検は推奨されるか?
  • CQ2-1 単発肝細胞癌に対して,推奨される治療法は何か?
  • CQ2-2 2,3個肝細胞癌に対して推奨される治療法は何か?
  • CQ2-3 4個以上の肝細胞癌に対して,推奨される治療法は何か?
  • CQ2-4 脈管侵襲陽性肝細胞癌に対して,推奨される治療法は何か?
  • CQ2-5 肝外転移陽性の肝細胞癌に対して,推奨される治療法は何か?
  • CQ2-6 肝移植適応基準内のChild-Pugh分類Cの肝細胞癌に対して,推奨される治療法は何か?
  • CQ2-7 Child-Pugh分類Bの肝細胞癌に対して,肝移植は推奨されるか?CQ3 食道表在癌に対して臨床的にT1b-SM1 以浅T1b-SM2 以深を鑑別する際,鑑別方法として何を推奨するか?
  • CQ3-1 B型慢性肝疾患からの肝発癌予防として核酸アナログ製剤は推奨されるか?
  • CQ3-2 C型慢性肝疾患からの肝発癌予防としてDAA治療は推奨されるか?
  • CQ3-3 肝発癌予防に有効な生活習慣は何か?
  • CQ3-4 肝線維化が進行した代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)患者に対するスタチン,メトホルミン投与は肝発癌予防に有用か?
  • CQ4-1 肝切除はどのような患者に行うのが適切か?
  • CQ4-2 肝切除前肝機能の適切な評価法は?
  • CQ4-3 系統的肝切除は推奨されるか?
  • CQ4-4 低侵襲(腹腔鏡下/ロボット)肝切除は,推奨されるか?
  • CQ4-5 肝切除を安全に行うための手術手技は何か?
  • CQ4-6 肝切除の周術期管理としてERAS は有用か?
  • CQ4-7(FRQ)肝切除の術前療法として推奨されるものは何か?
  • CQ4-8 ダウンステージングされた肝細胞癌に肝移植は推奨されるか?
  • CQ4-9 全病変に治療介入可能な肝外転移陽性肝細胞癌に対し,切除は推奨されるか?
  • CQ4-10 Child-Pugh分類B肝細胞癌に肝切除は推奨されるか?
  • CQ5-1 アブレーションはどのような患者に行うのが適切か?
  • CQ5-2 アブレーションで推奨される治療法は何か?
  • CQ5-3 アブレーション前のTACE併用は推奨されるか?
  • CQ5-4 アブレーションの治療ガイドとして造影超音波,fusion imagingは推奨されるか?
  • CQ5-5 アブレーションの効果判定に推奨される画像診断は何か?
  • CQ5-6(FRQ)肝外転移に対するアブレーションは推奨されるか?
  • CQ6-1 TACE/TAEはどのような患者に行うのが適切か?
  • CQ6-2 TACEにおいて塞栓物質や抗癌剤はどのように用いるのが適切か?
  • CQ6-3 TACEの効果判定に有用な画像診断は何か?
  • CQ6-4 TACEの適応となる肝細胞癌患者に対して術前または術後の薬物療法併用は推奨されるか?
  • CQ6-5 TACE施行後の再発において,TACE不応やTACE不適と判断される場合,TACE単独の継続は推奨されるか?
  • CQ7-1 薬物療法はどのような患者に行うのが適切か?
  • CQ7-2 切除不能進行肝細胞癌の一次薬物療法として推奨される治療法は何か?
  • CQ7-3 切除不能進行肝細胞癌の二次薬物療法として推奨される治療法は何か
  • CQ7-4(FRQ)切除不能進行肝細胞癌に対する三次以降の薬物療法として推奨される治療法は何か?
  • CQ7-5(FRQ)切除不能進行肝細胞癌に対して,がん遺伝子パネル検査は有用か?
  • CQ7-6 切除不能進行肝細胞癌に対する全身薬物療法に局所治療の追加は推奨されるか?
  • CQ8-1 体幹部定位放射線治療と粒子線治療(陽子線治療,重粒子線治療)はどのような患者に行うのが適切か?
  • CQ8-2 肝細胞癌患者に対する他の局所治療後の局所再発に対して放射線治療〔体幹部定位放射線治療,粒子線治療(陽子線治療,重粒子線治療)〕は推奨されるか?
  • CQ8-3 肝細胞癌の骨転移・脳転移の症状緩和目的に放射線治療は推奨されるか?
  • CQ8-4 放射線治療後の治療効果判定はどのようにするか?
  • CQ8-5 肝外転移に対する放射線治療は推奨されるか?
  • CQ9-1 肝切除後・アブレーション後,どのようにフォローアップするか?
  • CQ9-2 肝切除後・アブレーション後の有効な再発予防法は何か?
  • CQ9-3 肝切除後・アブレーション後の再発病変に対し,推奨される治療法は何か?
  • CQ9-4 肝移植後,どのようにフォローアップするか?
  • CQ9-5 肝移植後の肝細胞癌患者に対して,有効な再発予防法は何か?
  • CQ9-6 肝移植後の再発に対する有効な治療法は何か?

「診療ガイドライン」は患者と医療従事者の意思決定を支援する目的で作成されたものですが,主な想定読者は医療従事者です。

内容の理解に専門的な知識を要する箇所もありますので,ご注意ください。

肝細胞癌診療ガイドライン 2025年版

今回から書名を「肝細胞癌診療ガイドライン」と改め,従来のCQに加えて「Future Research Question」を新設。一部推奨については「Good Practice Statement」として提示することとなった。また,薬物療法では新たなレジメンが加わり,放射線治療でも粒子線治療が保険適用になるなど,治療選択肢の拡充に伴い,解説もさらに充実した。肝細胞癌診療に携わる医療者の必携書,待望の改訂版!