日本胃癌学会は日本における胃がんの研究・診療の中心となって活動している学術団体です。その日本胃癌学会が編集した患者さん向けの書籍「患者さんのための胃がん治療ガイドライン 2026年版」から,内容の一部をご紹介します。
なぜ胃がんになるのですか?
胃がんの原因としては遺伝的因子(いでんてきいんし,遺伝による原因)と環境的因子(かんきょういんし,環境による原因)があります。遺伝的因子として,極めて稀ですが,家族性胃がん(かぞくせいいがん)が知られています。細胞と細胞の接着に関わるタンパク質の遺伝子であるCDH1やαカテニンに変異があると,びまん浸潤型の胃がんを高い確率で発症します。他にも,BRCA1遺伝子の異常により発症する遺伝性乳卵巣症候群〔いでんせいにゅうがんらんそうしょうこうぐん,HBOC(エイチボック),高い
確率で乳がんや卵巣がんが発症します)や,APCという遺伝子異常により発症する家族性大腸腺腫症(かぞくせいだいちょうせんしゅしょう)や家族性胃底腺(かぞくせいいていせん)ポリポーシス,ミスマッチ修復酵素の遺伝子異常が原因となるリンチ症候群(しょうこうぐん)などで,胃がんのリスクが増加することが知られています。
日本における胃がんの発生には遺伝的因子よりも環境的因子がより重要と考えられています。家族内で高頻度に胃がんが発症することがありますが,何らかの遺伝的要因に加えて,胃がん患者さんの家族ではピロリ菌感染率が高いこと,食品の嗜好が似通ってしまうことが原因となるものと思われます。
環境による因子としてはピロリ菌(ピロリきん)の感染が最もよく知られています。幼少期のピロリ菌感染によってゆっくりと胃粘膜に炎症が引き起こされ〔慢性萎縮性胃炎(まんせいいしゅくせいいえん)〕,そこに塩分を過量に摂取すると胃がんが発生しやすくなります(Q & A 総論4:47 ページ参照)。一方で,野菜や果物はほぼ確実に胃がんのリスクを軽減するとされています。緑茶の摂取も胃がんの発生を抑制させる可能性があることが報告されています。喫煙(きつえん)は胃がんを含めて10 種類のがんとの因果関係が証明されています。飲酒(いんしゅ)によって噴門部(ふんもんぶ)がんが増えることも指摘されています。ピロリ菌以外の微生物としては,日本では成人の約90%が感染しているエプスタイン・バー(EB)ウイルスによっても胃がんが発生することが知られていますが,発がんのメカニズムは不明です。
胃がんを予防するには,ピロリ菌の感染を予防し(感染した場合は除菌し),塩分の濃い食事を控え,野菜や果物を充分に摂取しましょう。さらに,喫煙や過度の飲酒は控えることも大切です。
胃がんと診断されましたが,仕事や生活はどうしたらよいですか?
胃がんと診断された時点ですぐに仕事を辞める必要はありません。内視鏡治療であれば治療後数週間で復職できますし,手術を受けたとしても多くの場合は1~2 カ月で復職することが可能です。薬物療法を受ける場合も,外来通院で治療することが多いので,仕事をしながら治療を受けることも可能です。ただし,仕事の内容によっては続けることが困難な場合もありますので,あまり負担とならない仕事への配置転換が可能かなどに関して職場とよく相談してみてください。また,がん診療連携拠点病院(がんしんりょうれんけいきょてんびょういん)などに配置されているがん相談支援(がんそうだんしえん)センターでは,がん患者さんの就労支援に積極的に取り組んでいますので,是非相談してみてください。ご自身が現在通院している医療機関でなくても相談することが可能です。一部のがん診療連携拠点病院では「長期にわたる治療等が必要な疾病をもつ求職者に対する就職支援事業」が実施されています。本事業では,就職支援相
談員をハローワークに配置し,相談支援センターへの出張相談も実施しています。
国立がん研究センターのがん情報のサイト(ganjoho.jp)では「癌と仕事のQ&A」という小冊子を提供していますので,こちらも参考になると思います。
胃がんと診断されると生活も大きく変わってしまいます。治療のための通院や入院が必要となり,社会活動や日常生活にも大きな影響があります。できれば周囲の人に病気のことを伝えて,理解と協力を得ておいたほうがよいです。これまで自分が行ってきたことを誰かに代わってもらわなければならない場合も想定されます。また,仕事が十分にできない上に治療費がかかるため,経済的な負担も生じます。身近に相談できる人がいる場合は,よく相談して解決していくことが望ましいです。がん診療連携拠点病院の相談支援センターでも生活や暮らしの相談を受けていますので,活用してください。
胃を切った後の後遺症はどのようなものがありますか?
手術後の後遺症には,1)手術創,2)胃切除に関連するものがあります。
手術創に関連した後遺症
・手術瘢痕(しゅじゅつはんこん,傷のあと)は消えません。瘢痕がもりあがる〔肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)〕こともあります。
・稀に,腹壁の傷が開いてお腹の中の臓器が皮膚の下に出てきてしまう〔腹壁瘢痕(ふくへきはんこん)ヘルニア〕ことがあります。
・まれに,皮下の糸に感染し化膿する〔残糸膿瘍(ざんしのうよう)〕ことがあります。
胃切除に関連した後遺症
小胃・無胃症状(しょういむいしょうじょう)と,食事摂取の変化
小胃・無胃症状とは,手術のため胃が小さくなり,あるいは無くなることによって起こる症状です。食事が少ししか入らない,すぐにお腹が一杯になるといった症状が一般的です。残った胃は大きくなりませんし,小腸は胃の代わりをすべて果たしてくれません。手術後には,それまでと全く同じように食事をとることはできません。回数を増やして少量ずつ時間をかけて食べる必要があります。時間とともにお腹は少しずつ新しい環境に順応していき,だんだん食べられるようになってくることが多いです。
体重減少(Q & A 後遺症・術後生活4:76 ページ参照)
胃の手術後には,手術による影響や,食事摂取量の低下,消化吸収がうまくいかないことなどが原因となって,体重が減少します。
腹痛と下痢
胃を切除すると食物を攪拌(かくはん)しすりつぶすことが十分にできなくなってしまい,食物が急速に小腸に入ってしまうことがあります。また,手術の影響で迷走神経(内臓の働きを調整している神経の一つです)がうまく働かなくなってしまうことがあります。その結果,食物の消化と吸収が充分にできなくなり下痢を起こしやすくなります。また,食物が胃に入ると生理的な反射で大腸が活発に動くので,胃を切除した患者さんでは下痢がより起こりやすくなります。さらに小腸や大腸が不自然に動いてしまうことで腹痛も起こしやすくなります。内服薬によって改善することもあるので,症状が気になる場合は主治医に相談しましょう。
ダンピング症しょう候こう群ぐん(Q & A 後遺症・術後生活2:74 ページ参照)
ダンピングとは,“墜落”という意味です。飲み込んだ食物が,「小腸に墜落する」=「急速に小腸に入ってしまう」ことで起こる様々な症状を,「ダンピング症状」といいます。幽門を切除した手術で起こります。食事のとり方がうまくいかないと,ダンピング症状を認めることがあります。食後30 分くらいにおきる早期ダンピングと食後2~3 時間位の後期ダンピングがあります。
吻ふん合ごう部ぶ 狭きょう窄(ふんごうぶきょうさく)
胃や食道と小腸などの吻合部が狭くなり,食物のつかえ感などの狭窄症状をきたすこともあります。内視鏡を使ったバルーンによる拡張術が有効です。
貧血
幽門側胃切除や胃全摘術後に起こります。胃切除による鉄やビタミンB12 の吸収低下により貧血となることがあり,鉄剤の内服やビタミンB12 の補充が必要となる場合があります。
骨粗しょう症(こつそしょうしょう)
胃の手術をすると,カルシウムの吸収が悪くなります。そのため骨が弱くなり骨折したりしやすくなります。必要に応じてカルシウムやビタミンD の投与を考慮します。普段からカルシウムの補給に気を配りましょう。
逆流性食道炎(ぎゃくりゅうせいしょくどうえん)
胃手術後には苦い液(腸液)や酸っぱい液(胃液)が喉の方へ逆流しやすくなり,胸やけなどの症状を出すことがあります。この場合,上半身を20 度くらい高くして寝るとよいのですが,病状に応じて粘膜保護剤,制酸剤,酵素阻害剤(有害な酵素作用を止める薬)などの薬剤投与を行うことがあります。
胆石症(たんせきしょう)
胆囊(たんのう)は肝臓でできる胆汁という消化液をためて濃縮する臓器で,脂肪の消・吸収を助ける働きがあります。胃の手術後には,胆囊の動きが悪くなり,胆囊炎や胆石症が起こりやすくなります。場合によっては手術を要することもあります。
患者さんのための胃がん治療ガイドライン 2026年版
胃がんの専門家である日本胃癌学会の先生たちが,患者さんやご家族のために胃がんの検査から治療まで,科学的な根拠をもとに丁寧に解説した安心できる1冊。3年ぶりの改訂となる今版では,胃の機能をできるだけ温存する手術,創の少ない腹腔鏡下手術やロボット支援手術の普及,バイオマーカー検査にもとづいた薬物療法の進歩を背景に新たな記載を追加。医療者の方の患者さんとのコミュニケーションツールとしてもおすすめです。


