治療法はだれがどのように決めるのですか?肺がんの治療薬にはどのようなものがありますか?家族はどのように支えていけばよいでしょうか?―「患者さんと家族のための肺がんガイドブック―悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む 2023年版」より

2025年08月12日 | おすすめ, 肺がん

日本肺癌学会は日本の肺がん診療において,中心となって活動している学術団体です。その日本肺癌学会が編集した患者さん向けの書籍「患者さんと家族のための肺がんガイドブック―悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む―2023年版」から,内容の一部をご紹介します。

 治療を誰がどのように決めていくのか? いきなり問われても,どうすればいいのか困った方も多いのではないでしょうか。がんにかかることは,初めての方が多いはずです。こうすればいい,という経験を持っている方は少ないでしょう。そして,がんはやはり大病。見通しも立てづらく,不安になります。途方に暮れることもあるかもしれません。しかし,これからどうやって治療を決めていくのかを考えることは,がんとどう向き合っていくのかと同じことです。3 つの方法を一つずつ紹介します。ぜひ自分に合った方法を見つけてください。

 患者が自分で主体的に意思決定を行います。患者は医師からだけではなく,積極的に広く情報を収集します。したがって,情報量は多くなります。

 インフォームドデシジョンモデルと言われます。

 医師と患者・家族が話し合い,ともに意思決定する方法。医師は意思決定に必要な情報をできる限り提供します。複数の選択肢や,それぞれの利益(ベネフィット)と不利益(リスク)が提供され,患者側が選択肢を選ぶ理由も共有されて,医療者は意思決定のパートナーとなります。

 シェアードデシジョンモデルと言われます。

 従来行われてきた専門家主導の父権主義的な方法。父親が子どものために良かれと思って,子どもの意向をあまり聞かずに意思決定することから来ています。医師が情報提供する量は少なくなりがちです。

 パターナリズムモデルと言われます。

 いかがでしょう。自分に合いそうな治療の決め方がありましたか?

 基本,どれを選んでも,医師はその意思を尊重し,最善の治療を提案,一緒に進んでくれます。

 どれでも好きな方法を選んでいただきたいと思います。

 しかしながら,一点だけお願いしたいことがあります。

 3 つの方法,どれを選んだとしても,あることだけはしてほしいのです。

 それは…「自分の価値観・大切にしていること」を医療者と話してほしいのです。

 例えば,仕事がとても大切で,続けたい場合,そのことを伝えてください。医療者は,その仕事ができるよう,一緒に考えてくれます。料理人や,ピアノの先生が患者の場合,副作用で手先のしびれが起こりやすい薬を避けてくれます。

 医療者は患者・家族の大切にしていることを奪ってしまわないか,とても恐れています。そしてそれは,患者から医療者に伝えることで避けることができます。必ず,あなたから伝えてください。話しにくければ,看護師,薬剤師,相談支援センターなどたくさんの支えてくれる人がいます。その方々に話してみてください。

 あとから振り返り,治療を納得するものに変えることはできません。むしろ振り返ったとき,選んだ治療が最善だったなと思えることが重要です。話し合いをためらわないでください。話し合うことで患者はがんとの向き合い方を見つけ,医療者はあなたらしい人生を送ることを応援することができます。

 肺がんの種類〔非小細胞肺(ひしょうさいぼうはいがん),小細胞肺(しょうさいぼうはいがん)〕,進行度,患者さんの年齢や健康状態などによって肺がんの治療薬は異なります。肺がんの治療薬には「抗がん剤〔こうがんざい,細胞傷害性抗がん薬(さいぼうしょうがいせいこうがんやく)〕」,「分子標的治療薬(ぶんしひょうてきちりょうやく)」,「免疫チェックポイント阻害薬(免疫チェックポイントそがいやく)」の3つがあります(巻末の肺がん治療に使用される薬剤一覧参照)。

 抗がん剤は,従来から用いられている治療薬であり,がん細胞を直接攻撃する薬剤です。非小細胞肺がんでは,シスプラチン,カルボプラチンなどのプラチナ〔白金(はっきん)〕製剤,パクリタキセル,ドセタキセル,ゲムシタビン,ビノレルビン,イリノテカン,ペメトレキセド,アルブミン懸濁型(けんだくがた)パクリタキセルといった注射薬,S‒1(エスワン)という経口薬があります。小細胞肺がんでは,上記のプラチナ製剤のほか,エトポシド,イリノテカン,アムルビシン,ノギテカンといった注射薬が用いられます。抗がん剤での治療についてはQ41 を参照してください。

 抗がん剤は,プラチナ製剤とそのほかの抗がん剤を組み合わせる併用化学療法のほか,プラチナ製剤以外の1 種類のみの抗がん剤(パクリタキセル,ドセタキセル,ゲムシタビン,ビノレルビン,イリノテカン,S‒1,ペメトレキセドなど)を使用した治療や,これらの薬剤のうちの2 剤を組み合わせた治療が検討されます。

 分子標的治療薬は,ドライバー遺伝子変異といわれる遺伝子変異や融合遺伝子を有する非小細胞肺がんに対して用いられます。がん細胞にドライバー遺伝子変異がある場合,ドライバー変異の部分を阻害することで,がん細胞の増殖を効率的に抑えることができます。現在用いられている分子標的治療薬は次頁の表の通りです(Q43 参照)。

患者さんと家族のための肺がんガイドブック―悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む―2023年版,金原出版,p108,2023 より

 がんが進行する際には,栄養や酸素が必須であり,がん自体が新たな血管を次々と作りながら栄養の確保を行っています。この働きを「血管新生(けっかんしんせい)」といいますが,この働きを抑えることによって,がんを兵糧攻めにし,進行を抑えられると考えられます。ベバシズマブやラムシルマブという薬剤は,血管新生を阻害し,がん細胞の増殖を抑えます。ベバシズマブはプラチナ製剤とそのほかの抗がん剤の2 剤併用療法と同時に用いられ,治療が有効であればベバシズマブ単独,またはプラチナ製剤以外の抗がん剤とベバシズマブを併用して,維い持じ 療りょう法ほうとして治療が継続されます。ラムシルマブはドセタキセルと併用して,化学療法後の再燃に対して用いられます。

 もともとがん細胞には,リンパ球などの免疫細胞の攻撃を逃れる仕組みがありますが,免疫チェックポイント阻害薬はその仕組みを解除する治療薬です。現在,非小細胞肺がんの治療薬としてPD‒1(ピーディーワン)抗体とPD‒L1(ピーディーエルワン)抗体,CTLA‒4(シーティーエルエーフォー)抗体が用いられています。PD‒1 抗体にはニボルマブとペムブロリズマブ,PD‒L1 抗体にはアテゾリズマブとデュルバルマブ,CTLA‒4 抗体としてイピリムマブとトレメリムマブがあります(Q45 参照)。

 ペムブロリズマブやアテゾリズマブ,ニボルマブとイピリムマブはプラチナ製剤とそのほかの抗がん剤と組み合わせて使われることもあります。デュルバルマブとトレメリムマブはプラチナ製剤とそのほかの抗がん剤と組み合わせて使われます。

 あなたの大事な家族ががんになったとき,当事者である患者さんだけではなく,家族としてもさまざまな不安が出てくると思います。また患者さんご本人をどのように支えていけばよいのか悩むことも多くあるでしょう。家族も戸惑い,困惑して不安になるのはもっともです。ここでは家族に知っていただきたいことをお伝えします。あなたに当てはまることがあれば参考にしてみてください。

 がんに対する不安を軽減するためには,正確な情報を知ることが重要となります。担当医からの情報以外にも,がん関連の本や雑誌,インターネットなどもありますので参考にしてみてください。なお,本書でもQ20,21 に関連する情報を記載しています。

 家族のメンバーそれぞれに,自分にできることや不得意なことがあると思います。患者さんとじっくり話ができる方や,買い物や送り迎えができる方もいます。家族で役割を上手に分担して,お互いの負担を少なくしましょう。

 患者さんはがんを抱えた当事者です。そのつらさのすべてを理解することは難しいかもしれませんが,理解しようとする努力は必要です。患者さんがつらい状況のとき,家族に強い口調で話したり,話す内容がいろいろと変化することもあるかもしれません。そんなときには,お話の内容の良し悪しの判断をしたり,無理にアドバイスをするのではなく,患者さんのつらい気持ちに寄り添い,共感をもって聞く時間を大切にしましょう。

 患者さんが何をしたいのか,どのようなことを希望しているのか患者さんの気持ちや要望を聞いてみましょう。家族は患者さんのことを思うあまり,自分なりのやり方で,あれもこれもと過剰に援助してしまいがちです。手助けしているはずが自分のやり方の押しつけになっていないか,常に見直し,患者さんに確認しながら援助していきましょう。

 患者さんがとてもつらい状況にあるからといって,生活のすべてを患者さん中心にしてしまうと家族も疲れてしまいます。患者さんを援助しながら,ときには自分のための楽しい時間を作りましょう。周囲が元気でいることが,常に患者さんの良き支援者でいられることにつながります。

 家族は「第2 の患者」といわれるほど,患者さんと同様にがん診断と治療に戸惑い感情が揺れ動くものです。家族だけですべてを抱え込まず,医師,看護師,薬剤師,医療ソーシャルワーカーなど話しやすい相手に,あなたが大切にしたいこと,困っていること,必要と思うこと,苦手なことなどについて伝えてください。伝えることで,解決に向けたきっかけが見つかることがあります。


患者さんと家族のための肺がんガイドブック―悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む― 2023年版

患者さんとご家族のさまざまな疑問に対して専門家が丁寧に解説。肺がん治療の正しい知識と最新情報に加え,生活や仕事に関する不安を解消するためのQ&Aをさらに充実させました。巻頭には,肺がん治療の全体像がひと目でわかるロードマップを新たに追加しました。適切な治療を受けるため,そして肺がん治療と上手に付き合うための知識が得られます。肺がんのほか,悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍についても詳しく記載しています。巻末の薬剤一覧・情報窓口一覧もぜひご活用ください。