5.術後安静度1801Ⅲ. COVID-19の流行に際しての 手術適応開としてよい。鼠径部ヘルニアの患者は高齢者が多く,生活習慣病の薬を常用していることが多い。頻用されている薬としては,降圧剤等は当日も内服継続,高脂血症や糖尿病の薬は手術当日のみ中止とすることが多い。ただし,麻酔科医の指示があればそちらを優先する。抗血栓薬への対処は明確な基準はない。抗血小板薬は使用を継続することが多い。抗凝固薬使用中の患者では術後血腫の発生が多いと報告されている一方,中止による重篤な血栓症発生もあり得るので判断が分かれる。そもそも抗血栓薬の必要性自体が患者の既往歴等によって大きく異なるので,画一的に決めるのではなく,処方医とも相談のうえ,可能であれば休薬あるいは血中濃度調整のしやすいヘパリン注射薬等への一時的変更を検討する。ただし,周術期のヘパリン置換については,有効性に否定的なrecommendationも最近出ている4)。術前の休薬期間や変更に要する期間は薬剤によって大きく異なることに注意を要する。不整脈治療のガイドラインで鼠径部ヘルニア手術がどこに分類されるかは明示されておらず,鼠径部切開法であるのか,腹腔鏡法であるのかによっても判断が異なることもある。一般には前者のほうが抗血栓薬継続としやすいとされているが,術者の手技習熟度によっても判断が分かれる。なお,抗血栓薬は麻酔法の選択にも影響する。とくに鼠径部ヘルニア手術は,脊椎麻酔が予定されることが多い。抗血栓薬使用時は,脊椎穿刺は出血の危険を伴うことが多いので,抗血栓薬を使用したまま手術を行う場合は事前の麻酔科への連絡が必須である。血栓リスクと出血リスクが相反する問題であることなどの患者へのインフォームドコンセントも行うことも必要である。かつてはMcVay法などのtensionを伴う組織縫合法が主流であった時代,鼠径部ヘルニアの術後は数日の床上安静が望ましいと指導されていた。メッシュ使用のtension-free法の普及に伴い,手術翌日にはデスクワークを含めた日常生活復帰,術後2週間程度で運動復帰,術後2〜4カ月経てばプロスポーツにも復帰可能というのがおおよその基準と考えられるようになってきた。メッシュを使わない方法であっても,たとえばカナダのShouldiceHospitalでは術後短期のリハビリ目的入院は行うが,退院後に特別な運動制限は要求していない5)。むしろ,過度なtensionの加わらないように減張切開を置くなどの,術中の配慮が大切である。2020年7月現在,COVID-19の流行に伴って,感染者のみならず非感染者に対しても,不要不急の治療は延期を促すという動きが多くの施設でみられている。治療のなかでも外科手術は,そもそもすべからく必要至急であるべきものであり,鼠径部ヘルニアも基本的に手術が必要な疾患であることに間違いはない。ただし,その緊急性に関しては,至急か不急かを症例ごとに熟考すべきと筆者は考えている。従来,鼠径部ヘルニアは嵌頓のリスクを強調し,半ば患者の不安を掻き立てて早期手術を促すことが多かった。しかし,実際には嵌頓のリスクは年間で1%以下と報告されており,手術時期については別の考え方も必要である6)。以下に一案を示したい。鼠径部ヘルニアの病態は,学会分類などの形態による分類法以外に,たとえば,①腸管の嵌頓(阻血,壊死),②非還納性(嵌頓のリスクが高い),③有症状(生活に差し支える),④有症状(生活に差し支えなし),⑤無症状,といった患者の症状・病態によっても分類可能であろう。①は全例が緊急手術適応である。仮に自施設がCOVID-19対応のため,他の緊急疾患対応が困難であるならば,直ちに手術可能施設への転送を行わねばならない。
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