2.手術直前から手術中の感染対策1798を判断基準とすること自体,いささか問題がある。術後,年月を経てから発生する遅発性感染については,エビデンスはまったくないといってよい。いずれにせよ,鼠径部ヘルニア手術に関しては,遅発性感染を含めた感染性合併症についての十分な統計的エビデンスはない。以上の点とわが国の医療状況を考えると,一般の鼠径部ヘルニア手術の術前予防的抗菌薬は,アプローチが鼠径部切開法か腹腔鏡法かによらず,執刀30分前にCEZを1回投与するというのが標準的であろう。腸管嵌頓でその切除を要した症例での抗菌薬投与は,通常の腸手術に準じた種類と期間の選択を行う。平均的には第2世代セフェム系抗菌薬を,術後3日間程度投与するといった程度と思われるが,術中感染所見(腸管穿孔の有無,嵌頓腸管が小腸か大腸かなど)や全身症状によって適宜調整すべきであることは他の手術と変わりない。ジェネリック薬も含めて第1世代セフェム系抗菌薬の供給が不足するという事態が発生した。ペニシリン系などへの適宜変更を余儀なくされた施設も多いが,予防的抗菌薬としてガイドライン的にこの変更に問題はなかったと考える。生活習慣病などの慢性疾患に対する薬剤と異なり,短期使用の周術期抗菌薬はメーカーにとって利潤が少ない。現在,新型コロナウイルス感染症(coronavirusdisease2019;COVID-19)対策薬開発に国内外のメーカーや抗病原微生物薬剤専門家の力が注がれている。今後,また同様の供給不足は起こり得ることである。術後抗菌薬は,GL-2018によれば,感染リスクのない患者では投与不要とされている。一般的な成人鼠径部ヘルニア手術は清潔手術であり,感染リスクは低いが,実際には手術当日に1回の投与を行う施設が多いと思われる。また,糖尿病など,感染ハイリスクな背景因子を有する場合は,術後1〜2日継続投与するというのが,わが国の実情としては標準的と考える。なお,わが国で2019年から2020年にかけて,ヘルニア術後の感染で最も厄介なのはメッシュの感染であり,その取り扱いは注意を要する。遅発感染など,感染ルートが特定できない場合もあるが,少なくとも,術中のメッシュや術野の汚染のリスクは可能なかぎり下げなければならない。術野の止血を十分行うこと,メッシュの開封は挿入寸前とすること,メッシュが患者の体表に接しないように扱うこと,メッシュの挿入はやり直すことなく1回で完遂することなどを心掛けるべきである。非還納性ヘルニアでは,麻酔開始後に還納が容易になる場合も少なくないが,内容物の阻血壊死が疑われる場合は,あえて還納せずそのまま手術を行う。還納物が感染性のない大網などであるか,感染リスクのある腸管かを確認し,とくに後者の場合壊死穿孔のリスクを術中に評価すべきだからである。腸管嵌頓の場合,腸間膜の圧迫を解除して血流を再開させて腸管の色調の改善を確認することが普通に行われる。まれなケースだが,血流の再開に伴って壊死腸管からendotoxinなどが全身に流入するといったことも起こり得るので,明らかに腸管切除を要すると判断された場合は,むしろ切除予定部の血行は遮断したままのほうが,全身感染の阻止に有利である。感染のリスク状況によってはドレーン留置を行うべき場合もあるし,そもそも,術式をnon-meshtechniqueとするといった,抗菌薬以外の外科的な感染対策を行うことも考えねばならない。「メッシュ法は執刀できるが,non-meshtech-niqueは知らない」では,鼠径部ヘルニア緊急手術を行う資格はない。1.入院期間定時手術ならば,一般に手術の前日入院,手術翌日退院で手術施行可能である。日帰り入院手術を行っている施設ならば,手術当日の入院と退院Ⅱ.感染対策以外の周術期管理
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