第5章 頭頸部がん
58
総合評価
舌がん・口腔がんに対する手術が行われる患者に対して,リハビリテーション治療(摂食嚥下療
法)を行うことを提案する。
重要なアウトカムに対するエビデンスはDという確実性の低い結果であったが,臨床上の有用性は高
く安全性は保たれている点,益と害のバランスも確実性がある(益の確実性が高い)点,費用の妥当性と
臨床適応性の高さがある点を総合的に考慮し,「摂食嚥下療法を行うことを提案する(弱い推奨)」とした。
なお本CQでは摂食嚥下療法の有無によるアウトカムの差に言及することを想定していたが,文献検索
の結果として摂食嚥下療法の有無に言及したランダム化比較試験などによるエビデンスの検証は困難で
あった。術前の摂食嚥下療法の有用性,術式別の検討や栄養学的指標を取り入れた比較試験も該当すべき
ものはなかった。本領域においては今後も単なる摂食嚥下療法の有用性だけではなく,その内容によるエ
ビデンスの構築や術式別の介入方法の検討,長期介入効果の報告などが求められるであろう。臨床では退
院後に摂食嚥下障害が遷延する場合に外来での「がん患者リハビリテーション料」の算定ができない関係
上,自主訓練指導(摂食嚥下指導,食形態の調整)と状態観察にとどまることが問題である。
推奨決定コンセンサス会議において,委員から出された意見の内容
・術後の摂食嚥下療法は,術後1〜2年経過した後であっても毎日自己にて自主訓練を行う必要があると
感じる患者が多いので,重要なリハビリテーション治療の一つである。
■投票結果
行うことを推奨
(推奨度1:強い推奨)
行うことを提案
(推奨度2:弱い推奨)
推奨度
決定不能
行わないことを提案
(推奨度2:弱い推奨)
行わないことを推奨
(推奨度1:強い推奨)
6%
(1/16)
88%
(14/16)
0%
(0/16)
6%
(1/16)
0%
(0/16)
付 記
◉一般的な術後の摂食嚥下療法のポイント
一般的に術後摂食嚥下機能に影響する要因として,切除範囲,加齢,放射線療法の有無,術後創部感染や合併症の有無,
気管切開の有無が挙げられている。特に口腔がん拡大切除では,術後摂食嚥下障害が生じることを考慮し,喉頭挙上術
や輪状咽頭筋切除術といった嚥下機能改善術が施行されるため,嚥下機能改善術の効果を理解したうえで関わることが
大切となる
1)
。摂食嚥下療法は,間接訓練(口腔内移送障害に対しては舌の可動域拡大訓練や構音訓練,喉頭挙上制限
に対してはシャキア法やおでこ体操など)と直接訓練を切除範囲と診断された術後病態に沿って立案し,姿勢代償や
chin downなどの嚥下法,呼吸法の指導などを行っていく。口腔内移送障害により食塊を咽頭へ運ぶことが難しい症例
に対しては,姿勢代償だけではなく,移送をサポートするような代償方法(ドレッシングボトルに延長チューブをつけ
たものなど)による直接訓練も検討する。広範囲切除術では上気道狭窄に対する気道確保や喀痰排出障害の対策として
気管切開手術を併用することが多い。カニューレ自体が摂食嚥下障害を引き起こすことがいわれているが,気管カニュー
レの有無にかかわらず術後早期には誤嚥が生じることがあり,気管カニューレを抜去することで即時に摂食嚥下機能が
改善されるとはいえない可能性もある。上気道狭窄が軽減し唾液の咽頭クリアランスがよく,痰喀出能がよい場合には,
発声可能なカニューレへ変更される。変更されることにより嚥下時の声門下圧の上昇に関係するため,直接訓練の開始
を検討する時期となる。
◉摂食嚥下療法を補完する治療方法
口腔ケア(術前術後の口腔ケア介入プログラムが肺炎を含む術後感染症発生を軽減した報告
2)
),気管切開管理(集学
的嚥下機能回復治療で,気管カニューレ抜去は術後平均12日,抜去からほぼ10日前後で直接訓練の開始が可能となっ
た報告
3)
),間欠的経口食道経管栄養法を用いた症例報告
4)
,舌接触補助床(palatal augmentation prosthesis;PAP)