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言語機能代償における右大脳の重要性
Naeserら
3,6)
によって提唱された,左前頭葉障害による失語症に対する右前頭葉への
低頻度rTMSは,言語機能の代償は主に左大脳が担っているとの考えが前提となってい
る。しかし,実際には,言語機能の代償における右大脳の関与を示す報告もいくつか知ら
れている。
Ohyamaら
9)
はPETを用いた検討で,左前頭葉障害による運動性失語の患者では,
右前頭葉の賦活の程度が言語機能回復の程度と相関していることを示した。また,Abo
ら
10)
は,functional MRI(fMRI)を用いた検討から,言語機能の良好な回復がみられ
た患者では右大脳の賦活が伴っていることを示した。さらにRichterら
11)
もfMRIを用
いた検討で同様の知見を発表している。
これらの臨床報告を考慮すると,左前頭葉障害による失語症の場合,言語機能代償部位
は,必ずしも左大脳とは限らず,患者によってはむしろ右大脳がその機能代償の中核を
担っている可能性があるものと思われる。したがって,左大脳損傷後にみられる右大脳の
過活動は,必ずしもmaladaptiveなものではなく,患者によっては「言語機能を代償す
るための新たな賦活」を示しているものと解釈することができることになる。
Functional MRIの応用
失語症に限らず,脳卒中後遺症に対してrTMSを治療的に適用する場合,障害された
機能を代償する部位の神経活動性を賦活することが重要となる。左前頭葉障害による失語
症における言語機能代償部位の多様性を考えると,失語症患者に対してrTMSを治療的
に適用する際には,適用に先立ち,言語機能代償部位を明らかにしておくことが望まれる。
例えば,万が一,機能を代償している大脳に低頻度rTMSを適用してしまった場合に
は,言語機能の代償が阻害されてしまい,rTMSの適用によって言語機能が増悪する可能
性もゼロではないと考えられる。しかしながら,現状では,失語症患者の言語機能代償部
位を示唆する特別な臨床所見は存在しておらず,また,通常の頭部CTやMRIでもこの
ような部位を診断することは不可能である。そのため,われわれは言語課題によるfMRI
を用いることで,失語症患者における言語機能代償部位を診断することが可能なのではな
いかと考え,これを用いたrTMSの治療的アプローチを考案した。
言語課題によるfMRIで賦活を示した部位を言語機能の代償部位と考え,その対側大脳
に低頻度rTMSを適用し,賦活部位にかかる半球間抑制を減弱させることで言語機能の
代償を促そうとする治療コンセプトである
12)
。つまり,左前頭葉障害による運動性失語
の場合,言語課題によるfMRIで左大脳に賦活がみられた患者では,右前頭葉の下前頭回
に低頻度rTMSを適用し,逆にfMRIで右大脳に賦活がみられた患者では,左前頭葉の
下前頭回に低頻度rTMSを適用するというものである(
図3
)。
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