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失語症は,いかなる言語機能が障害されるかによって,いくつかのタイプに分類される。

典型的には,ブローカ野が障害された場合には,聴覚理解は保たれるものの自発言語や書
字などが障害される「運動性失語(ブローカ失語)」を呈し,ウェルニッケ野が障害され
た場合には,自発言語は流暢なものの聴覚理解が障害され,錯語が出現する「感覚性失語

(ウェルニッケ失語)」を呈するとされる。

これ以外にも,広汎な前頭葉病変によって出現する全失語(聴覚理解・自発言語のいず

れも強く障害される),健忘失語(呼称が強く障害される),伝導失語(復唱が強く障害さ
れる)などが比較的よくみられる失語症のタイプである。

失語症とリハ

脳卒中後失語症に対するリハは,決して歴史の浅いものではなく,Schuellによって体

系化された刺激・促通法,Weiglによって提唱された遮断除去法(deblocking法),
Luriaによって提唱された機能再編成法などの訓練法が広く知られている

1)

。『脳卒中治

療ガイドライン2009』

2)

では,推奨グレードBとして「脳卒中後失語症に対する言語聴

覚療法(speech and language therapy ; ST)は,発症早期から集中的に,専門的に行
うこと」と記されている。しかしながら,これらの訓練法の有益効果については,確固た
るエビデンスの蓄積は未だなされていないのが現状である。

一方,われわれは,失語症患者に対する多くの治療経験から,「脳卒中における失語症

では,運動麻痺と比べて回復が長期にわたって持続することが多い」との印象をもってい
る。つまり,脳卒中後失語症の場合,リハ介入のための時間的猶予が大きく,脳卒中発症
後複数年が経過した患者であっても,適切なリハを施行することで言語機能の回復が得ら
れる可能性があると考えている。この考えが,慢性期にある脳卒中後失語症に対して,積
極的な治療的介入を試みる際の根幹となっている。

右前頭葉への低頻度rTMS

脳卒中後失語症患者に対する治療的介入としてrTMSが用いられたのは,事実上,ボ

ストン大学のNaeserら

3)

のグループによる報告が最初である。とはいえ,Naeserらの

試みに先立ち,Berlinら

4)

,Rosenら

5)

が,左前頭葉障害による失語症患者において,

右前頭葉が過活動になることを報告しており,この右前頭葉の過活動は,左大脳への過剰
な半球間抑制を産むmaladaptive(不適当)な反応で,左大脳による言語機能代償を妨
げていると述べていた。

これらの報告から,Naeserら

3)

は,過活動になっている右前頭葉を抑制性の低頻度

rTMSで刺激することで,左大脳にかかる過剰な半球間抑制を減弱させ,ついには言語機
能の代償を担う左前頭葉を抑制から解放して賦活することができるのではないか,と考え
たわけである(

図2

)。2005年に報告されたNaeserら

6)

のパイロット研究は,発症後

5〜11年が経過した,左前頭葉病変による脳卒中後運動性失語の患者4名を対象として

B

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