Ⅲ
各論
1突発性難聴
1 突発性難聴
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2.原因・病態
突発性難聴は,現在までに明らかな原因は特定されておらず,種々の病態が入り混じっ
ていると考えられている。推定病態として,循環障害やウイルス感染,自己免疫などが挙
げられている。
1944年のDe Kleynらの初めての報告
2)
では,21例の突発性難聴の検討から突発性難
聴の責任病巣が内耳なのか後迷路なのか明確にできないと述べられた。1949年の
Rasmussen
3)
らの報告によれば,心内膜炎の患者が突然の一側聾となった症例報告を行
い,内耳動脈の塞栓が原因ではないかと推測した。また,突発性難聴の側頭骨病理報告で
は(大部分が難聴の回復を認めなかった例であるという制限があるが)内耳の病変が蝸牛
および球形嚢に認められた
4)
。突発性難聴の蓋膜の病変として丸まった状態,いわゆる
rolled-upがあるが,同様の変化は麻疹やムンプスなどのウイルス性疾患による難聴症例
の側頭骨にもみられ,突発性難聴がウイルス感染によるものである可能性を支持すること
も報告されている
5)
。このように突発性難聴の原因としては,循環障害説,ウイルス感染
説が有力と考えられている。
近年,突発性難聴と脳卒中などの脳血管障害との関連について,台湾で大規模なコホー
ト研究が実施された。研究は1年間に台湾全国で入院治療が行われた突発性難聴1,423例
を対象として,その後の5年間の脳卒中罹患について調査したものであるが,経過観察期
間の5年間に,突発性難聴罹患例では対照群に比べて有意に高い12.7%が脳卒中に罹患し
ており,突発性難聴の病因を循環障害とする説を裏づけるデータといえる。また,平成
26〜28年度「難治性聴覚障害に関する調査研究班」の実施した疫学調査の結果において,
突発性難聴群では対照群(国民健康・栄養調査2014)と比較して,糖尿病罹患者の割合
が有意に高く,また喫煙者の割合も高い
6, 7)
との結果が得られており,突発性難聴と循環
障害の関連を支持する。しかしながら,突発性難聴が通常は再発しないという事実を説明
するには難があり,現時点においても確定的な結論は得られていない。
また,突発性難聴罹患直後に他病死した症例の側頭骨病理が報告され,外有毛細胞およ
び支持細胞の浮腫および空胞形成を伴う腫脹を認め,これらの所見が循環障害やウイルス
感染による変化とは異なると考えられることから,nuclear factor κB(NF-κB)とよば
れる転写因子を含めた細胞内ストレス制御機構の異常亢進が突発性難聴の病態である,と
する新しい説が提唱されている
8)
。急性音響外傷モデルを用いた検討でも,音響外傷後に
血管条ラセン靭帯でNF-κB構成蛋白であるP65が発現することが判明しており,突発
性難聴の新しい病態としてさらに検討する必要がある
9)
。また,この説ではNF-κBが発
現し,障害を起こす一酸化窒素(NO)合成酵素やサイトカインなどを誘導する
10)
。この
転写因子がステロイド剤で抑制されることも,本説を裏づけている。また,ホスホジエス
テラーゼ(PDE)5阻害薬による突発難聴例の報告がされている
10)
。そのPDE 5阻害薬
の薬理機序から,NOの発生により内耳が活性酸素の傷害を受けていると推測されている
11)
。同様に活性酸素に関わる遺伝子の関与も日本人の突発性難聴患者で報告
11)
されてお
り,傷害性のある活性酸素の発生と難聴の関与についてさらなる解析が待たれる。画像検