418 胸腺腫瘍解 説 胸腺上皮性腫瘍の診療に関するこれまでの報告で強いエビデンスを有するものはなく,本ガイドラインを作成するうえではエビデンスの強さがCまたはDの論文に基づいて作成せざるを得なかった。しかし,作成者間でクリニカルクエスチョン(CQ)に対する推奨度の相違は少なく,胸腺上皮性腫瘍の日常診療が概ね本ガイドラインの記載に沿って行われているものと思われた。一方で,本腫瘍の診療に関する新たなエビデンスの構築が困難であることも理解する必要がある。すなわち,胸腺上皮性腫瘍は発生頻度が低く,またその進展速度の組織間の相違も,エビデンス構築に大きな障壁となっていると考えられる。なかでも胸腺腫は,その遅い発育速度のため,至適な治療時期(高齢者への根治治療など),切除範囲,経過観察期間,再発腫瘍の治療などが,未だ議論の対象となっている。そのような現状において本ガイドラインが作成されたことをご理解いただき,日常診療の指針としていただければ幸いである。また,胸部CTの画像解像度の向上と人間ドックなどのスクリーニング検査で偶然発見される小さな前縦隔病変の検出の機会が増え,対応の指針が求められており,2020年版から新たにCQとして加えた。今回の改訂では,内科治療における分子標的療法と外科治療におけるリンパ節郭清に関するCQを新たに加えた。総 論胸腺上皮性腫瘍1) 定 義 胸腺腫(thymoma)はTリンパ球の成熟に重要な役割を果たす胸腺上皮に由来する腫瘍のうち細胞異型のないものである。一方,胸腺癌(thymic carcinoma)は細胞異型を伴うものである1)。2020年WHO分類5版ではNeuroendcrine tumor(NET)は上皮性腫瘍から除外されたが,本ガイドラインでは,NETを含めて記載している1)。2) 疫 学 胸腺腫・胸腺癌は30歳以上に発症することが多い。発症頻度に男女差はなく,胸腺腫は人口10万対0.44~0.68人が罹患する稀な疾患である。胸腺癌はさらに稀である。3) 症 状 一般的に合併症を併発しない,あるいは周囲組織,器官にmass effectないしは浸潤をきたさないかぎり症状はない。早期の発見は極めて困難で,他疾患の経過観察中ないしはCTを利用した健康診断などで発見されることが多い。4) 合併症 主な合併症としては重症筋無力症,赤芽球癆,低γグロブリン血症があり,これらの併発を疑う場合には,血清抗アセチルコリン受容体抗体,血球検査,血清γグロブリンなどのさらなる精査が必要となる。
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