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346  悪性胸膜中皮腫解 説 悪性中皮腫は,胸膜,腹膜,心膜,精巣鞘膜に発生する悪性腫瘍であり,胸膜が80~85%,腹膜が10~15%,その他の部位での発生は1%以下とされる。 発症原因として,欧米男性の78~88%,女性では23~65%の悪性中皮腫症例においてアスベスト(石綿)曝露との関連性を指摘されているように1)2),アスベストは主因の1つとして考えられるが,明らかなアスベスト曝露がなくても発症している報告もある3)。一方,長期のアスベスト曝露歴をもった労働者では,悪性中皮腫が発症する頻度は約5%である。国外の検討では,主にクロシドライト曝露歴が明らかな約22,000人の40年以上の追跡調査により約3%に胸膜中皮腫が,0.7%に腹膜中皮腫が発症したと報告されている4)。本邦では1980年代半ばまでアスベストの輸入が行われていた。アスベストとしてクリソタイル(白石綿),アモサイト(茶石綿),そしてクロシドライト(青石綿)が主として利用されたが,これらを用いた製品の製造や処理等に関わった労働者や,労働者の家族,および工場の周辺住民における中皮腫の発症リスクの上昇が報告されている5)6)。アスベスト曝露開始から発症までの潜伏期間が25~50年とされていることから,本邦における今後の悪性中皮腫の発生ピークは2030年頃で,罹患者数は年間3,000人に及ぶと予測されている。また悪性中皮腫による死亡者数も1995年の500人から,2000年710人,2005年911人,2010年1,209人,2015年1,504人,2020年1,605人と確実に増加の一途をたどっている7)。 悪性中皮腫発生において遺伝的因子の関与も最近明らかになってきた。高リスクの遺伝的因子として,生殖細胞系列(germline)における腫瘍抑制遺伝子の変異がある。BAP1遺伝子の生殖細胞系列の変異は遺伝性腫瘍の原因であり,BAP1 tumor predisposition syndrome(BAP1—TPDS:BAP1腫瘍素因症候群)と呼ばれている8)。保因者には,悪性中皮腫の他に,ブドウ膜メラノーマ,腎癌,皮膚メラノーマなどが好発する。国際的には,欧米とオーストラリアの症例を中心に2017年12月までの発表論文を含めてBAP1—TPDSとして181家系と140個の異なるバリアント(DNA塩基配列の違い)が報告されている8)。BAP1遺伝子以外の生殖細胞系列変異としては,頻度は低いがBRCA2遺伝子,CHEK2遺伝子などの遺伝子変異も報告されている。 悪性胸膜中皮腫は,初期は無症状であるが,胸水の増加に伴い胸部圧迫感や労作時呼吸困難が出現する9)。胸壁に浸潤が始まると胸痛,背部痛を自覚するようになる。疼痛は病期の進行につれて高度になる。中皮腫細胞は胸腔穿刺路や手術創に沿って播種病変を形成することがある。病気が進行すると,体重減少,食欲不振,発熱,寝汗,貧血,血小板増多症,低アルブミン血症などを呈することがある。 悪性中皮腫の診断に際しては画像診断のみならず,病期診断にも苦慮することが実地臨床では多い。具体的には,低侵襲的な画像検査(胸・腹部CT,胸・腹部MRI,PET/CT,超音波)の後に,主治医が判断した場合には侵襲的な生体検査(EBUS,VATS,縦隔鏡,腹腔鏡)も必要となることがある。また確定診断や病理診断においては,悪性胸膜中皮腫は反応性中皮過形成,線維性胸膜炎,肺腺癌,肺肉腫様癌,滑膜肉腫などとの鑑別が重要であるが,時に鑑別診断が困難な場合もある。今回のガイドライン改訂の目玉の1つである前浸潤性中皮腫(mesothelioma in situ)の診断も興味深い。肺腺癌と同じく前癌病変(前浸潤性病変)の診断ができるようになったことは画期的であり,今後のエビデンス総 論悪性胸膜中皮腫診療ガイドライン2022年版を 利用するにあたり

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