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4. 病理診断
III
.肺癌の生検診断
肺癌患者のおよそ半数以上が手術不能進行癌として発症し,その治療戦略は薬物療法および放
射線療法に委ねられている。薬物療法においては,小細胞癌と非小細胞癌の判別以外にも,非小
細胞癌での組織亜型(腺癌,扁平上皮癌)決定も重要な意味をもつようになっている。そのため生
検・細胞診の診断は,その患者の治療方針を決定するうえできわめて重要な役割を担う。WHO
第4版ではこれら生検・細胞診の診断に対して統一した記述を求め,よりよい実地臨床のガイド
ラインを提唱している(表2)。本邦においてもその臨床環境は同じであり,統一記述をもとに統
計,臨床試験,実地臨床を行うことがふさわしいと考えられる。しかしながら,その提唱されて
いる分類はやや複雑であり,また細胞診は免疫細胞化学的検討を行う環境が不十分であることか
ら,生検のみを対象とし,より実践的になるように改変を施した(表3)。
形態学的に明らかな腺上皮・扁平上皮への分化がみられる場合には生検で腺癌adenocarci-
noma
・扁平上皮癌squamous cell carcinomaと診断してよい。腺癌の場合,置換型,腺房型,乳
頭型,微小乳頭型,充実型といった増殖パターンが認識できれば,それを付記する。腫瘍細胞が
粘液を有し,杯細胞⊘高円柱上皮形態をとる場合は粘液性腺癌mucinous adenocarcinomaとの診
断となるが,通常はTTF⊖1陰性のため,膵癌,卵巣癌,結腸癌などからの転移との鑑別を要す。
また印環細胞形態をとる場合には,これを付記することが望ましい。規約第7版の印環細胞腺癌
や淡明細胞腺癌は特殊型から削除されたが,印環細胞はALK融合遺伝子をもつ腺癌の特徴の1つ
であり,遺伝子型からはKRAS変異の多い粘液性腺癌とは区別すべきである。扁平上皮分化は角
化,細胞間橋が診断根拠となる。腺癌・扁平上皮癌は細胞診においても各々特徴的な所見がある
表2.生検・細胞診に関してのよりよい実地臨床のためのガイドライン(WHO第4版Table 1.03より)
1
.非小細胞癌は,可能なかぎりさらに腺癌や扁平上皮癌などの組織型分類を心がける。
2
.NSCC⊖NOSの診断はできるかぎり少なくし,亜型分類ができないときに限るようにする。
3
. 生検・細胞診で特殊染色(免疫染色など)を用いる場合,その診断が光顕での診断なのか,特殊染色の結果によ
る診断なのか明確に記載する。
4
. 非扁平上皮癌という診断は,病理診断には用いないようにする。非扁平上皮癌は治療上同一に扱われるため臨
床医によって使用されるが,いくつかの組織型を含んでおり,病理報告書には,腺癌,扁平上皮癌,NSCC⊖
NOS
などの用語を用いる。
5
.疾患グループを統一するため,実地診断,研究,臨床試験など統一した生検・細胞診用語を用いるようにする。
6
. 細胞診検体と組織検体が同時に出てきた場合は,ともに見直し,最もふさわしく矛盾のない診断に至る努力を
する。
7
. 上皮内腺癌,微少浸潤癌を生検組織の診断名にすることは避けるべきである。非浸潤パターンが認められた場
合は置換性増殖パターンと記載すべきであろう。同様に細胞診検体で上皮内腺癌と思われたら,腺癌と診断
し,上皮内腺癌や微少浸潤癌,置換性増殖優位型の腺癌の可能性があることを付記するようにする。
8
. 生検・細胞診では他の分化した成分が存在することが否定できないので,大細胞癌と診断することはできな
い。この診断名は手術標本に限定すべきである。
9
. 肉腫様変化(著明な多形,巨細胞,紡錐形細胞)を伴う腫瘍の生検組織では,治療に関連する腺癌,扁平上皮癌
の成分などがあればそれに肉腫様変化を伴うと記載する。そのような成分がなければNSCC,NOSとし,肉腫
様変化を伴うと記載する。
10
.神経内分泌マーカーは,神経内分泌腫瘍の形態を疑う場合にのみ施行すべきである。