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はじめに
近年,乳癌の手術において,乳房温存術が最も
大きな割合を占めてきた。その背景には,乳房温
存療法が乳房切除術と比較して全生存率が変わら
ないこと,乳房を温存することの患者への整容的
なメリットが重要視されてきたことがあげられ
る。しかし,一方で癌の範囲が広範であっても無
理に温存し,大きな変形がしばしばみられるよう
になったことから,温存術に対する反省が生まれ
てきた。また,乳房切除術を行いつつ整容性を求
める手段,すなわち乳房再建が多くの施設で十分
に普及してこなかったことも,温存率の異常な高
さを後押ししたものと考えられる。最近になり,
ようやく人工乳房再建が保険適用となり,無理な
温存を避け,乳房切除術+乳房再建によって根治
性と整容性を高めようとする動きが,我が国でも
活発化してきた。また,遺伝性乳癌を含めた乳癌
ハイリスク症例に対するリスク低減乳房切除術も
徐々に普及してくることが予想され,乳房再建を
伴う乳房切除術の役割はますます高まっていくで
あろう。
本稿では,乳房切除と乳房再建に関わる技術の
うち,皮膚温存乳房切除術(skin─sparing mastec-
tomy,以下SSM)および乳頭温存乳房切除術(nip-
ple─sparing mastectomy,以下NSM)について述
べる。
乳房の手術は,根治性と整容性という2つのポ
イントが重要となる。一般に,多く切除すればす
るほど局所における根治性は高まるが,整容性は
低下していく。逆に組織を残せば残すほど根治性
が低下し得るが,整容性は高まる。我々には,根
治性を落とさず,整容性を高めるという両者のバ
ランスを適切に考えながら手術をしていくことが
求められており,相応の専門的な知識と経験,そ
して技術が必要となる。
乳房切除術においては,従来,腫瘍直上と乳頭
乳輪,および皮膚を含めて,紡錘形に皮膚切開を
置きながら,非常に薄い皮弁を作製しつつ乳房切
除を行うことが理想の手術法として普及してき
た。しかし,癌の状態に応じて,皮膚や乳頭乳輪,
矢形 寛
*
再建を前提としたNSM,SSM
の適応と問題点
1
* 埼玉医科大学総合医療センター ブレストケア科
第2章 外科療法
S
ummary
乳房切除は乳房皮膚の残し方から,通常の乳房切除術,皮膚温存乳房切除術(SSM),乳
頭温存乳房切除術(NSM)に分類される。SSMやNSMは皮膚を多く残すため,特に乳
房再建を行う場合に整容面から意義が高い。これらの術式は局所再発が高まることへの懸
念があるが,過去の報告をみても症例選択を慎重に行えば,通常の乳房切除術と比較して
有意な差は認められていない。術前にMRIなどの画像を用いて乳頭乳輪への癌の進展を
診断することで,NSMの適応をより正確に決めることもある程度可能であり,皮下脂肪
や大胸筋筋膜,乳房周囲の切除範囲の決定にも有用と思われる。SSM,NSMは整容面で
有利であるとは言うものの,通常の乳房切除術よりも合併症率が上昇し,むしろ整容性の
低下につながる可能性もあるため,どのような問題があるかを熟知し,無理な皮膚温存と
ならないような注意も必要である。