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40  胎児の形成は,あらかじめ定められた発生プログラムに従って,2万種ある遺伝子が順序よく発現していくことで達成される。この過程を司るシステムがエピジェネティクスである。後述するように,さまざまな環境要因が遺伝子に影響を与えることがわかってきたことをふまえ,胎児発生過程の環境を探究するDOHaDは極めて重要な学問分野ということができる。胎児期におけるエピジェネティクスの重要性の理解は,DOHaDの概念が提唱される前,いくつかの先天性疾患の研究を通じて明らかにされてきた。以下にその具体例を記す。そのはじめがプラダー・ウィリ症候群である。この疾患は15番染色体の一部の領域(q11-q13)の欠失が原因である。この領域には一対の15番染色体のうち,父由来の染色体では働くが母由来の染色体では働かない,いわゆるゲノム刷り込み遺伝子が発見された。この母親の染色体上で働かなくさせている仕組みがDNAのメチル化であることが判明した。したがって,働く側の父由来の遺伝子領域を欠失すると働く遺伝子を失いこの疾患となることが判明した(図3a)10)。ゲノム刷り込みはヒトで最初に発見されたエピジェネティックな現象である。この現象に似て非なる現象がX染色体の不活化である。性染色体は,男性はXYで女性はXXである。ここでX染色体はY染色体に比して格段に大きい。有する遺伝子の数も格段に多い。したがってXとYの違いの分だけ女性の方が遺伝子を多くもっている。この女と男の格差を埋める現象が女性におけるX染色体の不活化である。すなわち,2本ある女性のX染色体の片方はその大半の部分が不活性化されている。これで遺伝子数の差を埋めている。この不活性化の本態は染色体上での遺伝子のメチル化修飾である。X不活化が生じなかった女性は流産するか,生まれても極めて重篤な疾患(環状Xターナー症候群)となる(図3b)11)。すなわち,適正な遺伝子の不活化は正常に生ま図3 先天異常症の原因となる種々のエピジェネティック異常(a)(b)(c)(d)a:ゲノム刷り込み異常(プラダー・ウィリ症候群),b:X染色体不活化異常(環状Xターナー症候群),c:DNAメチル化異常(ICF症候群),d:メチル化DNA結合タンパク質異常(レット症候群)父由来X母由来X活性X不活化X正常なメチル化異常な低メチル化(遺伝子の異常発現)正常な抑制異常な脱抑制(遺伝子の異常発現)遺伝子の発現喪失活性X活性X染色体の異常活性化 2 正常な胎児発生のためのエピジェネティクス

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