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38  第二次世界大戦中のオランダや戦後の中国では,食糧難により妊娠中に十分に食事を取ることができなかった。この時代に出生した世代は前後の世代に比較して成人病リスクが高かった3, 4)。さらに動物実験で,胎児期に低栄養に曝されると胎児の体内でエピジェネティック変化が生じ,肝臓の脂質代謝遺伝子Pparのメチル化修飾が低下して発現が上昇し,成人病リスクが上昇することが明らかになった5)。実際,ピジェネティクスはDOHaDの生物学的基盤といえる1)。例えば,妊婦が太らないようにとダイエットに勤しむと胎児期に低栄養環境に曝され,胎児の胎内では低栄養に耐えられる体質に変わるべく,エピジェネティックな変化が形成される。ただしここで培われた栄養倹約体質をもって飽食の世に生まれ落ちると,栄養素が体内に蓄積して,肥満,糖尿病や心疾患を発症する危険性が高くなるのである。近年,この現象が日本で予測されることがイギリス等の研究者によって指摘された2)。同様なエピジェネティックな変化がオランダの胎児期飢餓世代の人々で観察された(図1)6)。一方,低栄養だけでなく,喫煙によるニコチンも胎児に健康被害を与える。具体的には,妊娠中の喫煙は流産,低出生体重,乳児突然死症候群,気管支喘息,ニコチン中毒,肥満,発達障害のリスクを上昇させることが知られてきた7)。最近,母体の喫煙による胎児の体質変化がエピジェネティクス変化に基づいていること久保田健夫はじめにエピジェネティクスとは,DNA上の化学修飾に基づく遺伝子の発現調節システムのことをいう。このような遺伝学的側面に加え,先祖の経験がDNA上に刻印され子孫に伝えていくための人類学的側面を担っていることもわかってきた。一方,DOHaD(Developmental of Ori-gins of Health and Disease:健康と疾患の成長期起源)は,成長期の環境次第で健康あるいは疾患の源が形成されるという考え方である。この2つの学問の進歩で,「胎児期や幼少期の劣悪な環境で刻印されたDNA上の化学修飾が遺伝子に変調をきたし,成人病体質の源が形成される」と考えられるようになった。すなわちエ3章A.DOHaDとエピジェネティクスDOHaDのメカニズム2.DOHaDの生物学的基盤としてのエピジェネティクス 1 DOHaDのエピジェネティクス的理解

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