18(case study)の方法によってその人物の心の状態と広く精神的活動の関係を考察第1部 パトグラフィーへようこそいる」と述べた 15)ことと通底しているといえるのではないか。近年出版され、優れた散文作品に対して贈られる大佛次郎賞を受賞した内海による『金閣を焼かなければならぬ』 26)もまた、広い意味で、エピ−パトグラフィー研究に位置付けられるだろう。この著作では、金閣放火事件の犯人であり、後に当時の精神分裂病を発症した林養賢と、精神疾患を持たなかったが、養賢をモデルとした放火犯を小説『金閣寺』において創造した三島由紀夫との間における犯罪行為と精神疾患(当時の精神分裂病)と創造的行為をめぐるいささか錯綜した関係が鮮やかな精神病理学的考察によって解明されている。日本の病跡学の金字塔といっても過言ではないだろう。こうしたエピ−パトグラフィーは、複数の対象人物をめぐる複雑な関係を整理しながら考察を行うという研究者の観察力、洞察力、記述力、構想力、ひいては人間力に負うところが大きいに違いない。たとえそうだとしても、これからの病跡学がめざすべき地点であると考えられる。第二は、作中人物の病跡学である。実在しない作品中の人物に関する医学的考察など、何の意味もないという厳しい意見があるかもしれない。しかし、そうした反論があることは承知の上で、人間理解のプロフェッショナルである小説家、作家、マンガ家、脚本家、映画監督などが造形した人物を対象とし、事例研究したものも病跡学に含めてもよいだろう。ただし、斎藤が吉田戦車による不条理ギャグマンガ『伝染るんです。』を取り上げて指摘したように、作者個人の精神病理とは別に作品自体が病理性をはらむこと(これを斎藤は「病因論的ドライブ」と命名した)があることを押さえておく必要がある 16)。すなわち、作者と作品を単一の病理で直線的に結び付けてしまわないような読解力が求められている。この作中人物の病跡学の中でも、とりわけ世界で愛好されている日本のマンガの作中人物を対象とした病跡学は、これからもっと注目される領域となる可能性を秘めているのではないかと考えられる 22)。海外の研究者に対して日本の病跡学を知らしめるためにも、われわれの研究成果を英語で発信していかなければならないだろう。第三は、サルトグラフィー(salutography)である。このサルトグラフィーという言葉は、斎藤が著書 17)を出版し、「健康生成と病跡学」のテーマで日本病跡学会総会を主催した2016年に、同会のシンポジストとして招かれた小林聡幸が斎藤のアイデアに着想を得て創案したものであるという 18)。精神的健康と創造的活動の関係を考察するサルトグラフィーは、緒に就いたばかりである。
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