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図 叫び(ムンク、1895、石版)(文献11より引用)Ⅲ.英語圏の病跡学(パトグラフィー)の現状16第1部 パトグラフィーへようこそJaspersの精神病理学をバイブルとしていたことも大いに影響しているのではなMental Disorders, 3rd edition:DSM-III)が登場した1980年代に入り、アメリカの精夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫といった著名な作家を対象とした個別病跡学研究が多いのが特徴である。それを踏まえ、先の宮本は、Jaspersによる病跡学の定義、すなわち、「病跡学とはいわば伝記(Biographie)であり、精神病理学者にとって興味深い精神生活の側面を叙述すること、そして、そのような人間の創造の生成にとってその精神生活の諸現象ならびに過程がもつ意義を明らかにすることである」 5)という定義を重視し、病跡学とは「精神的に傑出した歴史的人物の精神医学的伝記やその系統的研究をさす」 12)と再定義したのである。想像するに、20世紀後半までの日本では、よくも悪くも病院を中心とした(=当時の精神分裂病を主体とした)精神医療が行われ、当時の精神科医がいかと考えられる。ちなみに、宮本によるムンクの病跡 14)は、日本の病跡学の代表的業績の1つである。現在においても、精神医学に興味を持つ初学者が統合失調症の体験世界を理解するのに有用な論考となっている(図)。宮本は、一般向けの別の著書 11)でもこの石版を紹介し、「先入見のない眼でこの画をながめれば、空中からただよってくる幻の声や叫びに思わずわが耳をおおい、自分もまた声をからして叫ばざるをえないような一人の人間を見いだして、われわれはこの世ならぬものをまえにしたようにただ慄然とする」との解説を加えた。英語圏では、近年、創造性と精神疾患の関連性を統計学的に検討する研究が注目されている 6, 25)。これらは、病跡学(パトグラフィー)の言葉こそ用いられていないものの、かつての集団病跡学から派生してきた病跡学「的」研究に位置づけられるかもしれない。代表的な研究をいくつか紹介しよう。精神疾患の診断・統計マニュアル第3版(Diagnostic and Statistical Manual for

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