Ⅱ.病跡学(パトグラフィー)の歴史15病跡学(パトグラフィー)の現状と課題(Einzelpathographie)とLombroso、Lange-Eichbaum、Kretschmerに代表される集団病跡学(Sammelpathographie)の2つの流れがあったという指摘である 12)。人間の創造性についての研究は古代ギリシアに遡るが、19世紀に入ってイタリアの犯罪学者としても有名なLombroso Cが、当時の精神医学において主流であった変質学説の立場から精神病と天才との関連を主張し、『天才論』(1894) 10)を著したのが病跡学「的」研究の嚆矢である。実際に病跡学(Pathographie)という言葉が用いられたのはドイツの神経科医Möbius PJによる論文「シェッフェルの病気について」(1907)が最初であるとされている 12)。天才研究は、20世紀前半において頂点に達し、ドイツの精神科医・哲学者であるJaspers Kによる『ストリンドベルクとファン・ゴッホ』(1922) 4)、ドイツの精神科医であるLange-Eichbaum Wによる『天才──その矛盾と宿命』(1928) 9)、ドイツの精神科医であるKretschmer Eによる『天才の心理学』(1929) 8)という病跡学の三大古典に結実した。内容を紹介すると、まずJaspersは、作家ストリンドベルク(1849〜1912)と画家ゴッホ(1853〜1890)の作品がそれぞれ当時の精神分裂病の発病によってどのような影響を受けているのかを病誌的に分析し、前者のストリンドベルクでは病的症状によって作品内容の変化を被っているのに対し、後者のゴッホでは病的過程によって作品様式の変化をきたしているとして両者の違いを仔細に考察した 4)。次にLange-Eichbaumは、古今東西の数百もの傑出人に関する数千の文献を網羅的に調査し、平たくいえば、「天才が狂気なのではなくて、狂気が人を有名にさせることが多く、名声が天才への道を容易にする」 12)というテーゼ、今はもう忘却されてしまった社会的病誌(Sozio-Pathographie)のテーゼを提出した 9)。さらにKretschmerは、多数の天才人を取り上げ、みずからの気質類型論に基づいて循環気質者と分裂気質者に分類し、「天才は生物学的、遺伝学的に不安定な変種であり、精神病、精神病質などに対する抵抗減弱を持つ。そして、天才の精神病的、精神病質的要素は、彼らのデモーニッシュな要素と密接に関係している」 24)と考察した 8)。ここで、日本の病跡学の礎を築いた宮本による重要な指摘を確認しておきたい。すなわち、病跡学の黎明期には、Möbius、Jaspersに代表される個別病跡学日本では、高橋による高度経済成長期ごろまでの文献調査 19, 20, 21)にあるように、
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