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「ちょっと待ってください!ふつうにみえる人の世界なんて、なにも特殊じゃないし、重要でしょうか?先生」と講義もしていないのに質問をしてくる正体不明の学生がいるので答えざるをえないのだが、「ふつうにみえる」ことで隠されてしまう個の世界があるのである。「ふつうにみえる」ことで、大したことないと世間から見なされたその人の固有の問題は抑圧され、なかったことにされてしまう。しかし、その水準で密かに困っている人というのは多数存在している。それは、前述したように〝病名”のついている人の苦しみと比較すべきものではたぶんない。さてこのような話をしていると「誰もが当事者!たちあがれ!」みたいな汎当事者論を唱え出す人がいるのだが、そういう「誰もが」みたいな文脈には回収しないでほしいとは思っている。本書は、クラスタの話をしているようで、個別的な話をしているからである。この序文を書いているうちに朝が来てしまった。「また徹夜?朝ごはん、できたわよ」後ろから妻がモニターを覗き込んでくる。雨の予報がニュースで流れている。8月のある日、コーヒーとトーストの匂いとともに本書は始まる。私に朝ごはんを食べる習慣はないし、私に妻はいないのだが、それでもだ。3434

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