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第3章2NBM(narrative—based medicine)2.QOD(quality of death)  267 がんを抱えながら生きる高齢者の医療においても,当然のことながら身体的苦痛,スピリチュアルな苦痛,社会的苦痛,精神的苦痛を和らげる全人的医療が要求される。全人的医療の実践においては麻薬による疼痛コントロールを主体とした緩和医療とともに,栄養療法,運動療法を行うことが,患者の生活の質(quality of life;QOL)を高めるためには必要であり,QOLが改善すると,QOD(quality of death)もよくなる。生から死への移行は,不連続的な変化ではなく,連続的な変化であるために,良質な生は良質な死を意味する。前章の「QOL(quality of life)」において提示された栄養療法,運動療法,緩和ケアはevi-dence(根拠)をもとに構築された医療,すなわちevidence—based medicine(科学的根拠に基づく医療;EBM)としての治療法であるが,それとともにnarrative—based medicine(物語と対話に基づく医療;NBM)を実践することでよりよき医療を提供することが可能となるということをここでは説明する(表1)。NBMにおけるナラティブ(物語)を大切にした医療を行うことにより,患者ならびにその家族の苦痛をより効果的に取り除くことができる。限られた診療時間のなかでのNBMは現実的には困難であるが,NBMを心掛けている医師も多い。日本の医療環境ではNBMが効力を発揮しやすいのは在宅医療の分野であるため,在宅医療におけるNBMについても言及する。 NBMは,英国において1998年に出版された「Narrative—based medicine:Dialogue and dis-course in clinical practice」1)のなかで提唱された概念である。日本では「ナラティブ・ベイスト・メディスン:臨床における物語りと対話」2)と題して翻訳本が2001年に発行された。翻訳本の推薦の辞に河合隼雄氏がNBMの本質を解りやすく表現しているのでそれを引用する。 「人間はそれぞれ,自分の「物語」を生きている,と言うことができる。「病気」もその物語の一部としての意味をもっているのだが,一般の医者はそれを無視してしまって,「疾患名」を与えることで満足する。しかしときにそれは,その人の物語の破壊につながってしまう。それでも,その疾患が医学的に治療可能な場合,まだ救いがあるが,治療が不可能な場合や,高齢者のケアのようなときは,それらの事実を踏まえて,患者がどのような「物語」を生きようとするのか,それを助けることが医療のなかの重要な仕事になる。ここで大切なのは,そのような「物語」を医者や医療スタッフが見つけ出すのではなく,患者が自ら生み出してくるのを受けいれる態度が必要なことである」3)と医療における物語の重要性を指摘している。 原著にある一般医療におけるナラティブ・アプローチの特徴を,斎藤4)は以下の5つに整理している。①「患者の病い」と「病いに対する患者の対処行動」を,患者の人生と生活世界における,より大きな物語のなかで展開する「物語」であるとみなす。②患者を,物語の語り手として,また,物語における対象ではなく「主体」として尊重する。同時に,自身の病いをどう定義し,それにどう対応し,それをどう形作っていくかについての患者自身の役割を,最大限に重要視する。③1つの問題や経験が複数の物語(説明)を生み出すことを認め,「唯一の真実の出来事」という概念は役に立たないことを認める。④本質的に非線形的なアプローチである。すなわち,すべての物事を,先行する予測可能な「1つの原因」に基づくものとは考えず,むしろ,複数の行動や文脈の複雑な相互交流から浮かび上がってくるもの,とみなす。⑤治療者と患者の間で取り交わされる(あるいは演じられる)対話を,治療の重要な一部であるとみなす。1.NBMとは?

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