第2章1.機能評価 83 高齢がん患者は余命が短く,原疾患を含め複数の疾患を併存しているために生じるポリファーマシー,がんの標的臓器の障害とそれに伴う全身性の炎症に起因する低栄養状態や身体活動性・生活の質(quality of life;QOL)の低下,また認知機能や抑うつといった精神・神経面の低下,社会経済面での制限など,多様な問題を抱えやすく,これらの個人差が大きいという特徴がある1)~5)。そのため,高齢がん患者の治療方針を暦年齢のみで決定すべきではないことが国内外のガイドラインで指摘されている6)7)。しかし,具体的な治療前評価やそれに基づく治療法の選択に関する指針が確立しておらず,国内のほとんどの施設では担当医の主観により治療方針が決定されているのが現状である。高齢がん患者に対して標準治療を行うべきか,標準治療を行った場合に安全性と有効性はどの程度担保されるのか,といった議論の解決のためには,高齢者個々が有する予備能を適切に評価することが必要となる。 本項では高齢者の多様性を理解するためにフレイルについてまず触れたあと,機能評価とその方法について説明する。 高齢者の多様性を評価するうえで,フレイル(frailty)という概念について知る必要がある。Frailtyは2000年前後から欧米の老年医学領域より提唱されてきた概念で,加齢に伴う生理的予備能の低下によって心身機能障害に陥りやすい状態と定義され,要介護状態の前段階,いわゆる「前要介護状態」として位置づけられた。わが国ではfrailtyは「虚弱」と訳されていたが,要介護状態を連想させ本来の意義と異なることを懸念し,2014年に日本老年医学会が「フレイル」と訳した。記憶に残りやすく,かつその定義や意義を広く国民に認識させるように方策したことにより8)9),フレイルの概念は浸透しつつある。 フレイルは身体的側面のみならず,認知機能や抑うつなどの精神・心理的側面,独居や閉じこもり,経済的困難といった社会的側面など,多面的な問題を含んでいる。フレイルはこれらの側面における問題によりストレスに対する脆弱性が高まった状態であるが,しかるべき介入によって再び健常な状態に戻れるという可逆性のある状態である(図1)10)。そのため,フレイルの状態にある高齢者を早期に抽出し,介入を行うことで要介護高齢者の増加を防ぐことが期待できるが,「しかるべき介入」を実施するためには医療従事者のみならず,介護予防・日常生活支援総合事業による地域・社会全体でのサポートが必要である。フレイルの特に身体的側面の評価法として,欧米発のCardiovascular Health Study(CHS)基準の日本語版であるJ—CHS基準がある(図2)11)12)。意図しない体重減少,歩行速度の低下,握力の低下,主観的疲労感,活動性の低下の有無で評価し,該当なしであれば健常(ロバスト),1つまたは2つ該当でプレフレイル,3つ以上該当でフレイルと診断する。 一方,老年腫瘍学領域では,国際老年腫瘍学会(International Society of Geriatric Oncology;SIOG)を中心に高齢がん患者に対するフレイルとその評価について議論が行われてきた。わが国では,2016年に日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group;JCOG)において,高齢がん患者を対象とする臨床研究を行う際の考え方・方法論に関する指針(JCOG高齢者研究ポリシー)が示された13)。このなかで,欧州がん研究機関(European Organisation for Research and Treatment of Cancer;EORTC)Elderly Task 1.フレイル(frailty/frail)機能評価1
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