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《1学期》痛みの治療と症状緩和
せん妄
第
講
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う問いと責めを発することで,自分の気持ちを少しでも鎮めようとしている
のかもしれません。
せん妄はがん患者であれば,いずれかの段階で必ず起きる問題です。が
んの痛みは確かに随分とれるようになりました。しかし,せん妄は治るもの
ばかりではありません。たとえ一時的に治ったとしても,時間が経てば治ら
ないせん妄となり,大きな問題となって戻ってきます。治らないせん妄に対
する,家族への説明,そして高度なケアは,がん患者の診療には必須だと私
は考えています。
もし,せん妄に対するあらゆる対応が不十分であれば,私が以前経験し
たように医療者と家族が対立することもあります。また,患者がせん妄に
なったという,そのつらさに黙って耐えている家族もあります。それらの体
験は家族にとって大きな心の傷となり,患者が亡くなったあともその傷は
ずっと残ります。「使った薬のせいでこうなったのでしょうか」と言われる
前に,注意深く患者を診察し,早くから家族に説明を始めてください。
◆
文献
1)Morita T, Hirai K, Sakaguchi Y, et al. Family-perceived distress from delirium-related
symptoms of terminally ill cancer patients. Psychosomatics 2004; 45(2): 107-13.
2)Bruera E, Bush SH, Willey J, et al. Impact of delirium and recall on the level of distress in
patients with advanced cancer and their family caregivers. Cancer 2009; 115(9): 2004-12.
3)LeGrand SB. Delirium in palliative medicine: a review. J Pain Symptom Manage 2012;
44(4): 583-94.
4)Candy B, Jackson KC, Jones L, et al. Drug therapy for delirium in terminally ill adult
patients. Cochrane Database Syst Rev 2012; 11: CD004770.
ん妄を発見することです。大抵は,不眠になること,話の内容にわずかでも
まとまりがなくなることで発見できると思います。「ああ,病気になり入院
していれば,こんなこともあるかもしれない」と考えず,せん妄の発症を見
逃さずに早期発見に努めるのです。せん妄患者の半数は,適切な対応で軽快
するといわれています。特に,高カルシウム血症,薬によるせん妄は,治療
により軽快する可能性があります。治せるかもしれないせん妄は早期発見し,
早期治療を心がけてください。
早期説明で対応方法を伝える
家族から「患者がおかしい」と指摘を受けてからせん妄の説明をしても,
家族の気持ちは収まりません。せん妄の発症を発見したら,がん患者のほと
んどがせん妄になること,せん妄の原因の多くは病状の悪化によるもので,
治らないことが多いことをまず説明します。そして,病状を加味しながら,
せん妄は薬だけが原因で起こるものではないことを説明するのです。このよ
うに,早期発見の次に必要なのは,「早期説明」です。そうすることで,医
療者と家族は対立せずお互いが協力し合い,患者にとってどうしていくのが
よいかを一緒に考えていくことができます。そして,さらに良いケアを提供
するために,せん妄は本人の性格とは全く無関係であること,家族がどうやっ
て本人と対話するかを具体的に助言すること,認知症とは違い家族のことは
きちんとわかることを伝えます。せん妄とは何かを説明すると共に,患者へ
の対応の仕方をきちんと指導するのです。
家族は,せん妄になった患者を見て自責感が強くなることがあります。「が
んだと伝えてしまったから,おかしくなったのだ」「痛みを治療してもらっ
たから,おかしくなったのだ」「病院に入院させたから,おかしくなったの
だ」「私がもっとがんばって家で看てあげることができたら,こんなことに
はならなかった」「私の対応が悪かったから,おかしくなったのだ」と,せ
ん妄という理解しがたい状況を,自分なりのストーリーで理解しようとしま
す。しかし,そのストーリーはいつもどこか自罰的です。その自責感と自罰
の投影として,医療者に「使った薬のせいでこうなったのでしょうか」とい
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