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「はい……」ほとんど聞き取れないような小さな声と共に、夫人ははにかんだ微笑を見せてこれも小さく頷いた。この時点ではまだ一抹の不安を岡さんも当の夫人も覚えていただろう。私が三段飛びにたとえて、術後一年はホップ、三年はステップ、五年でジャンプして着地、つまり完治とみなして赤飯を炊いていいですよ、と言ったことがお二人の頭の片隅にはあっただろうから。しかし、その五年も無事に過ぎた。岡さんから手紙が来た。喜びのそれかと思いきや、「お陰様で家内は術後五年を経過、再発の徴なく元気でおりますが、今度は私が肺癌にかかってしまい、藁にも縋る思いでご相談に及ぶ次第です」と、意外な内容に驚いた。肺は左右二つあるが、右肺の上部に径一・五センチ大の腫しゆ瘤りゆう影えいが見出され、まず九分九厘原発性肺癌と思われるから精密検査を要すると言われた由。自覚症状は特にこれと言って何もないからどうしたものかと思いまして、と。33第二章 最愛の妻を救った選択肢

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