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講演を終えて友人の元へ馳せかけたところ、すっとそばへ寄ってきた人物が、「岡です」と名乗った。一瞥その美丈夫振りに瞠目した。上背に勝り、がっしりした体格を包むスーツの姿が、ロマンスグレイの豊かな髪と相俟って、いかにも清々しい俳優顔負けの端正な風貌を際立たせていた。奥さんの経過はすこぶる順調で、思い切って手術を受けてよかったと言っている旨、その後の手紙に書いて寄越された。通院は三ヵ月から半年に一度でよいとなって丸三年が無事経過した頃、ついでがありましてと言って岡さんは夫人を伴って淡路島の診療所に訪ねて来られた。夫人は小柄でほっそりした人だった。「奥さんが今元気でおられるのはご主人のお陰ですよ」社交辞令ではない、夫人と会うことがあったら真っ先に言おうとしていたことを私は口にした。「だ、そうだよ。よーく耳に留めておいてね」岡さんが夫人を振り返って言った。32

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