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とりあえず腹部を診る。右下腹部に手術創がある。十六歳の時に受けた虫垂切除術のキズ跡だ。他に既往歴としては、三十二歳の時に、B型肝炎ウイルスのキャリアと言われている。但し肝機能に異常はなかった由。この手術創とは反対側、つまり左下腹部に軽度圧痛を認めるが、他には特に異常所見は認めない。患者を横向きにして直腸診を行う。腹痛なり、腹部の異常を訴えてきた患者には必須の検査で触診の一つだ。女性、ことに若い女性は「えーっ⁉」とばかり厭がる。検査する側も、指嚢をつけての検査とはいえ大便が付着することは必至だからできれば避けたい。しかし、「直腸診で汚れた指は洗えば奇麗になるが、これを怠ったがために仕出かした誤診の汚名は一生拭えない」のだ。この格言は、私の母校京大の鳥潟という外科の教授が弟子達に訓示したものだ。実際遠慮したか面倒臭がって直腸診を怠ったがために痛恨の誤診を犯し臍ほぞをかんだ医者は少なくない。逆に、きちんと直腸診を行ったことで重篤な病気を発見できた経験を持つ医者は私以外にも多々いると思われる。127第七章 奇跡を生んだ抗癌剤

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