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脳脊髄液

各論

各 論

A.腫瘍性病変

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脊髄液領域の悪性腫瘍

腫瘍を対象とした脊髄液細胞診の目的は,腫瘍の組織型の確定,臨床病期や治療方針の決定,

治療モニタリング(化学療法の効果,再発の有無)等が挙げられる。

脊髄液中に腫瘍細胞が出現するのは,腫瘍細胞が脳室壁を越えて脳室内に浸潤またはクモ膜

下腔に達した場合である。膠芽腫,髄芽腫,悪性リンパ腫,転移性癌等の悪性腫瘍が多い。また,
上衣腫,脈絡叢乳頭腫等の脳室関連腫瘍では,腫瘍細胞が直接脊髄液中に浮遊,散布される。

通常,脳腫瘍の細胞診では圧挫標本が用いられる。圧挫標本では細胞個々の観察,特にグリ

ア線維の有無に加え,血管や細胞配列等,組織像を反映した構造を観察し細胞診断が行われる。
しかし,脊髄液中の腫瘍細胞は水中に浮遊しているため,細胞は丸くなる傾向にある。したがっ
て,神経膠細胞に由来する腫瘍の特徴であるグリア線維の観察が困難なケースが多い。このこ
とは膠芽腫と転移性癌の鑑別を難しくしている原因になっている。脊髄液細胞診では原発性脳
腫瘍より転移性脳腫瘍の割合が高い。したがって,脊髄液細胞診の細胞判定には腫瘍細胞個々
の観察(特に細胞質)に加え,結合性,細胞境界といった点が重要視される。

2

主な原発性脳腫瘍

a.膠芽腫(

glioblastoma

,退形成性星細胞腫(

anaplastic astrocytoma

中高年に多く,脳実質への浸潤性増殖を示す腫瘍。ときにクモ膜下腔や脳室壁に播種を来し,

脊髄液中に出現する。腫瘍細胞は集塊あるいは孤立性に出現し,大小不同を有する。個々の細
胞には強い核形不整を認め,クロマチンは顆粒状〜粗顆粒状に増加し,細胞質は薄く辺縁は不
明瞭である。多形性が強く,悪性の診断は容易である。鑑別疾患は低分化腺癌,低分化扁平上
皮癌,肉腫である。膠芽腫は癌腫に比して核縁の肥厚が弱く,細胞質が淡く辺縁のシャープさ
に欠ける。また,細胞境界不明瞭で重積性や上皮性の結合は認めない(

図13〜15

)。

b.髄芽腫(

medulloblastoma

小児の小脳に好発する小円形腫瘍。小脳の軟膜をはじめ,広範なクモ膜下腔や脳室壁への播

種・転移を来し,脊髄液中に出現する。腫瘍細胞は,孤立散在性〜ときにロゼット形成を示唆
する小集塊として認める。個々の細胞は,裸核状もしくは狭小な細胞質を有するN/C比の極
めて高い円形〜類円形を呈し,核形不整を伴う。クロマチンは細顆粒状で,1〜数個の核小体
を認める。鑑別疾患は上衣腫,肺小細胞癌,悪性リンパ腫である。上衣腫や肺小細胞癌では,
上皮性の結合性を有すること,悪性リンパ腫では細胞質の辺縁が明瞭なこと,Giemsa染色で
好塩基性を示すことが鑑別点として挙げられる(

図16

)。

c.星細胞腫(

astrocytoma

稀に,小脳に発生した毛様細胞性星細胞腫や星細胞腫が脊髄液中に出現することがある。特

に術後の脊髄液では注意する。腫瘍細胞は核は類円形で,核クロマチンは細顆粒状〜顆粒状を